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【LAB限定】スポーツ心理学をトライアスロンに生かす 布施努×山本淳一対談

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ルミナ編集部

text by:

©Kenta Onoguchi

布施努先生×山本淳一さん 対談

現役選手やコーチ、指導者と布施努先生が対談、1回目のゲストは、選手として活躍後、パーソナルコーチとして200人以上の生徒をかかえる山本淳一コーチ。話をするうちに、山本コーチの原点や人柄がどんどん暴かれる!? Lumina54 2016年4月号掲載(情報など掲載当時のまま)。

布施■山本さんは、トップ選手としての経験をもち、コーチとしての客観的な視点もおもちだと思い ます。今日はそのあたりをうかがえればと思っています。まず、選手としての経歴をお話いただきたいのですが、 トライアスロンを始めたのはいつ?
山本■20 歳のときです。大学の途中から始めたんです。それ以前のスポーツ歴は、小、中学校で水泳、高校で陸上、大学でも最初は陸上部に入っていました。

布施■どういう選手でした?
山本■どういう選手……そんなこと初めて聞かれました(笑)。一言で言えば負けず嫌いでしたね。

布施■ほう。
山本■自分が指導者なら、すごくやりやすいタイプ。単純なんですよ。与えられたメニューは100%こなす。しかも前倒しでやるという……。小、中、 高とずっとそんな感じ。夏休みの宿題なんかも早く終わらせるほうでした。

布施■山本さんは非常に典型的なあるタイプに当てはまりますね。このタイプはすべてをオーガナイズしたいんです。本でも記録でも、きちんと整理しておきたい。何かをやるときにちゃんとリストをつくって、それにチェックを入れていくのが快感、みたいな。

山本■あ、そうですね。
布施■で、逆のタイプっていうのは、怠けてるわけではなくて、制限されるのが嫌いなんです。たとえば、夏休みに旅行に行くとする。すぐに行き先を決められるタイプの人と、「海外もいいし、国内もいいな」とぎりぎりまで悩むタイプがいる。後者は決めた瞬間選択肢がせばまるので、決めたくない。山本さんの場合、きちんとオーガナイズして何かができる、という傾向が、中学や高校のときにすでに現れていたんですね。3種目あるトライアスロンでは、これは大きな強みですね。

成長のキーは適正なCSバランス

布施■他に思い出すことは?  負けず嫌 いってさっき言ってましたけど。
山本■もう、勝つまでやる感じ。1、2 回やって負けても、10 回やって勝てばいいと思ってました。

布施■普通だと、負けると嫌になっちゃったり、ショックで立ち直れない選手が多い。それとは違うタイプですね。
山本■もともと、短距離が遅かったんです。だから50m走をやっても絶対1番にはなれなかった。根底にあるのは小、中学校の時の駅伝の練習。200mのインターバルを20本走るんですが、1、2本目は絶対にトップをとれない。でも15本目ぐらいから勝てるときが出てくるんです。

布施■序盤の負けてるときは 15 、16本目をイメージして走ってるんですか?
山本■いやいや、 1 本ずつ勝負です。

布施■負けてるときは何を目指して1本1本走ってるんですか?
山本■走る位置を変えるんです。 1番をとる人の後ろを走って、徐々に近づいていって、横に並んで……と。で、最後に彼を抜けば自分が1番になれるって考えてました。

布施■なるほど! これ、前にコラムでも書いた「CSバランス」って言うんですよ。縦軸が課題、横軸はパフォーマンス。 良い選手っていうのは、そのときどきの自分のパフォーマンスに折り合った、丁度良いところで課題を見つけてるんです。このゾーン(斜線部分)がそれ。最初から1位になるんだっていうと、 目標が高過ぎる。CSバランスが悪いので、選手は不安になっちゃうんです。 山本さんの場合は、抜けなくても後ろを走る。つまり最初は課題を落としてる。そのときは1位通過という結果は頭から離れてませんか?

山本■確かにそのときは頭にないです。

布施■その後だんだん自分が上がってくる。山本さんはそこの段階まで行ったら1位を狙っていってますよね。つまり自分のパフォーマンスに合わせて課題を引き上げてる。良い選手っていうのはいつもこの適正ゾーンに課題を置くことができる人。そういう人たちが共通してもっているのが自信。僕が多くの人をインタビューしてきた中で、 勝つアスリートってほとんど同じことを言う。で、自信があるんです。山本さんは今、どんどん新しいことをされていて、会社の取締役とかもされてますけど、どうですか?   根拠のない自信があるでしょ?

山本■自信しかないです(笑)。不安要素はなくはないですけど、それを取り除いてから何かを始めようっていう意識はないので。
布施■不安要素を全部取り除くことは無理。人間ですから。世界記録をもってる選手でも「不安」って言いますからね。

山本■僕は子どもの頃すごく短気で、先輩と平気でケンカするような子だったんです。でも、中1の冬に自転車の事故で腕をケガしてそれまで打ち込んできた水泳が半年ぐらいできなくなったんです。ライバルだった子にも大きく差をつけられて悔しい思いをしました。
布施■逆境ですね。

山本■今思えば、逆境でしたね。ギブスをつけていたので水に入れない。それで走り始めたんです。そこで、五体満足の子に勝つのが喜びだった。
布施■ここでも自分ができる課題を見つけている。ちなみにこれを「経験の棚卸し」と言います。起きてしまった事故に対してどう向き合うか。「あの事故のせいだ」とずっとひきずっている人もいる。でも山本選手は、最初はそういう気持ちもあったでしょうけど、 途中で手が使えないなら脚で、って切り替えた。負の経験をポジティブに転換できる強さ。だから経験を棚卸しして書き換えることができた。これ、教えないとできない人も多くて、いつまでも学生時代の失敗をひきずっていたりする。逆に、良い経験、つまり過去の栄光も引きずるんです。

山本■進化を止めちゃいますよね。
布施■それを、山本さんは中学、高校で「セルフモニタリング」して行動している。できる選手は自分を客観視して、自分と対話ができるんです。

布施■ところで短気で怒りっぽかったって言ってましたけど、何がきっかけでそうではなくなってきたんですか?
山本■高校で水泳をやめて陸上部に入ったことですかね。

布施■駅伝をやって、仲間意識も芽生えてくる中で、短気な自分を意識してコ ントロールするようになった?
山本■そういう部分は、ありますね。

布施■これって心理的な成熟なんです。短気な部分はオリジナルな性格として今もあるはずですが、それをコントロールできている。この状態で次に必要なのは適切な目標設定です。陸上部員として目標はあった?
山本■常に1番は狙ってました。常に先頭を走ることが僕の役割だと。

布施■目標と日々の練習で自分が果たす役割をはっきり自覚していたわけですね。これは良い状態。たとえば「世界大会で10位に入りたい」という目標をもっていても、そこに至るまでの道筋が描けないと本当の意味での目標にはならない。山本さんは教えられなくてもそれができていた。トップアスリー トに話を聞くと、こういう流れが多いんです。これ以外のケースはフィジカル系。理屈はどうでもよくて才能だけでやれてるタイプ。で、両方もってる人は世界チャンピオンクラスです。

布施■そんな山本さんが、なぜトライアスロンをやることに?
山本■大学1年のときに、テレビで「長良川国際トライアスロン」っていう大会をたまたま目にしたんです。出てる選手の記録を見て、スイムもランも自分の持ちタイムのほうが速かった。僕、もともと目立ちたがり屋なんですよ。 で、自分もテレビに映れそうって思った(笑)。

布施■練習は大学のチームで?
山本■いえ、ひとりで。でもデビュー戦は散々でした。スイムはトップで上がったので、当初の「テレビに映る」という目標はクリアしたんですけどね。

布施■これ、最低目標というやつですね。 最低目標と最高目標を両方もって臨む 「ダブルゴール」っていう考え方。粘り強く最後まで戦える選手ってゴールがふたつあるんですよ。たとえばトップになることだけがゴールだと考える選手の場合、途中でそれが無理と分かった途端やる気がなくなる。でも、当時の山本選手はテレビにかっこよく映るっていう最低目標があったので、最後までモチベーションを保ちながらゴールできた。もっとすごい選手はさっきのCSバランスの図が頭の中にあって、レース中に次々とゴールを変えていける選手。

山本■なるほど。
布施■コーチをするうえで大切にしていることは?

山本■コミュニケーションが一番大事だと思っています。対話しないと分からないので。なぜできないのかとか、これからどうしたいのかとか、本人が理解した上で練習に取り組まないと効果が出ないんです。自分が選手時代に体験したことをふまえて、こういうコーチが良い、という理想像があるので。
布施■話をきいていると、人に対してすごく価値を置いている。そして、はっきりとした理想像をもっているのも山本さんの強みですよね。

布施■今日はいろいろうかがえて楽しかったです。スポーツ心理学って、自分の体験やそのときの気持ちを言語化して、そのエッセンスを他の人にも役立てていく作業。山本さんが、これ、使えるなと思っていただけたら幸いです。
山本■こんな体験は初めてだったので新鮮でした。ありがとうございました。

Fuse Tsutomu 布施努
米国スポーツ心理学博士。スポーツ心理学の最高峰 ノースカロライナ大学グリーンズボロ校にて博士号を取得。米国五輪 組織やNFL数球団のメンタルコーチを務める世界的権威のDr.Gould を師とし、最先端のスポーツ科学をベースにフィールドでメンタルトレーニングを共に行える数少ないスポーツ・サイコロジスト。国内外で活躍中。また、大手商社にて15年間事業投資会社設立などに関わる。 http://t-fuse-sps.co.jp/

Yamamoto Junichi 山本淳一
1996年よりナショナルチームへ入り、トライアスリートとして20年近く競技活動に励む。現在は、初心者からトップアスリートまで幅広く指導。都内を中心にトライアスロン愛好者のチームや、東京女子体育大学トライアスロン部のコーチとして活躍しながら、自らもエイジグループ・カテゴリーでレースに出場。この4月に開催された石垣島トライアスロンでは総合優勝を果たしている。

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