
©Kenta Onoguchi
>>トライアスリートのためのメンタルトレーニングVol.04
「サニーフィッシュ」の選手をはじめ、多くのトップアスリートやビジネスパーソンを指導するメンタルトレーニングコーチの森下健さんが、心の鍛え方について語る連載コラム。スイムコーチとしての経験ももつ森下さんが、どんなレースも乗り越えることができる「折れない心の作り方」について伝授してくれる。
『Triathlon Lumina#98』に関連記事あり。
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>>ハイパフォーマンスとウェルビーイングの両立」
新年あけましておめでとうございます。メンタルトレーニングコーチの森下です。
お正月のトライアスリートの皆さんはニューイヤー駅伝、箱根駅伝に刺激されて、いつもより颯爽とランニングをしているのではないでしょうか。そんな中、森下家の年末年始はパンデミックに襲われてスロースタートです(ここからだんだんとビルドアップ!!)。
今年出場する大会も決まり、目標も新たに設定し、モチベーションも高まっていることと思います。モチベーションが高まり、「よし! トレーニングを頑張るぞ!」と鼻息が荒くなっているみなさんへ向けて、今回は「練習の質」をテーマに情報をお伝えさせていただきます。
練習の質(生産性)を高めていくことはメンタルトレーニングの目的のひとつです。成長率、成長のスピードを高めていくためのヒントにしていただけましたら幸いです。

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練習は量が大切?質が大切?
‟量”だけを追って満足していないか
僕の話になりますが、メンタルトレーニングを学ぶ前の競泳選手時代は、とにかく追い込んで毎日練習をしていました(引退する間際は特に)。
タイムが出ない原因を「練習量が足りないからだ」と思い込み、ひたすら泳ぐ日々を過ごしていたのです。当時、伸び悩んでいた原因がメンタル面にあった、ということは自分でも薄々理解していたのですが、それを受け入れられずに「追い込んで練習していれば、いつか活路が開けるのではないか」と盲目的に信じていました。
しかしながら、その努力も虚しく、思うような成果が出ず、悔しい思いで競技を引退することになります。
トライアスロンは、競技の時間が長く、練習量も多くなる傾向が強いですよね。その影響からか、現役時代の僕と同様に「練習=追い込むこと」「たくさん練習すること=速くなる」と考えている人がとても多いように感じています。
もちろん、練習をする時間を捻出して継続することや、キツイ練習にも耐えることはとても素晴らしいことだと思います。そして、その状況を楽しいと思えているのであればそれも素晴らしいことです。
ただ、メンタルトレーニングの目的の一つでもある「練習の質(生産性の向上)」の観点から言えば、練習量を増やして、追い込んで満足しているだけでは、もったいないなと思うのです。
量をこなす時期、質を重視する時期
まだまだ根性論がはびこる日本の指導(練習)では、たくさん走れば・泳げば強くなる、上手になると思い込んでしまう節があります。
もちろん、それで上達する部分もありますが、それだけになってしまうと追い込んで無理をし過ぎて心身の健康を崩してしまったり、メニューをひたすらこなすだけで、考えて工夫する力が育たなくなってしまう可能性があります。
僕自身、トライアスロンを始めたばかりの頃は、毎朝20~30km走るというとにかく量(距離)を重ねるという手段を取ったことがありました。
結果的に、フィジカル面でもメンタル面でも強くなり、タイムも速くなりました。ただし、その代償としてアキレス腱からギシギシと変な音がして、カカトは痛いし、爪は剥がれるし、捻挫してないのに捻挫のような痛みがあってかなり満身創痍な状態でした。
初心者だったからというのもあって、レベルアップに繋がりましたが(ケガもしたけど)、これが全員に当てはまるかといったらそうではないと思います。

このグラフ(図1)は人が成長をしていく過程を表したグラフ(学習曲線/ Hermann Ebbinghaus)です。
グラフを見ていただければわかるとおり、初心者は真っ白なキャンバスのようなものですから、最初はあまり考えなくても、まずは量をこなし続けていくことでどんどん上達していき、結果が出やすい状態と言えます。
何かを始めて覚えようとするときには、頭であれこれ考えるよりもまずは量をこなしてみることです。その人にあったやり方やペースを掴むためには、まず実践してみなくては分かり得ないものがあります。とにかくその感覚を掴むために量をこなしていくわけです。
また、量をこなしていく段階で大切なのは「失敗を恐れない」こと。まだまだ初心者の段階では失敗して当たり前です。それにも関わらず失敗しまいとしてあれこれ考えながらやっていては覚えられるものも覚えられません。
失敗したら「あ、これじゃダメなのね」というくらいの感覚で軌道修正をしていくことがポイントです。
初心者の段階では、量をこなせばこなすほど筋力が上がったり、体力がついたりするし、成長期の子どもたちは放っておいても身体が大きくなり身体能力は上がっていきます。そうすれば必然的に結果は良くなっていきますよね。
当時のトライアスロン初心者だった僕のように、タイムとかフォーム(質)はともかく、ひたすら走れば(量)、やっただけ成長しやすくなるということになります。
でも、筋力や体の大きさの成長が緩やかになれば、それまで量をこなせばこなすだけ伸びていたものが、だんだんとその成長スピードは緩やかになっていき、やがては頭打ちになる時がきます。この時期をプラトー(伸び悩み)と呼びます。
伸び悩みの時期はなるべく避けて通りたいものだと思いますが、程度やタイミングは違えど誰しもに訪れるものです。
良くも悪くも人間は慣れてしまう生き物です。これは成長に関しても同じです。ずっと順調に成長し続けることは難しく、必ずつまづいたり立ち止まったりする時期がきます。
そんなときは、追い込んで「量」をこなすだけでなく「質」も意識をしていかなければなりません。
ちなみに……ネガティブにとらえがちなプラトーですが、スポーツ心理学的には「爆発的な成長の前触れ」と解釈をします。学習曲線(図1)を見ていただければ分かるとおり、プラトーの後には急成長の時期がやってきます。
「伸び悩んで苦しい時期」と捉えるのか、「成長のチャンス」と捉えるのかで練習や試合に向かうモチベーションも変わってきますね。

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練習の質(限界的練習)
プラトー(伸び悩み)の時期が来たら、やみくもに量を増やしてみたり、追い込んだりしても効率は上がりません。
むしろ疲労が溜まってしまいケガにつながったり、悪い癖が染み付いてしまう恐れもあるので注意をしなければなりません。プラトー(伸び悩み)の時期には、自分には何が足りなくて、どこを改善したら良いかを明確にすることが大切です。
自分の欠点(長所も)はなかなか自分では気付きづらいものですから、客観的に的確なフィードバックをもらえるコーチがいると良いと思います。
フィードバックをもらう中で自分の課題が見えてきたら、丁寧にしっかりと意識をしながら軌道修正していきましょう。そしてまたフィードバックをして(もらって)、修正して、という工程を繰り返していきます。
一流と呼ばれるトップアスリートたちも、量をこなす時期と質を求める時期を何度も繰り返して練習しています。
天賦の才と思われるような偉業も、そうした地道な努力と思考錯誤によって身につけられたものなのです。アメリカの心理学者アンダース・エリクソン博士はそれを「限界的練習」と呼んでいます。限界的練習となる条件は下記の4つです。

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①明確な目標があること
②集中できる環境
③的確なフィードバックがあること
④改善し続けること
これができて初めて限界的練習となります。
①目標を明確にする
この4つの要件の中でも最も大切なのが「目標を明確にする」ことです。長期的な目標から落とし込み、今日の練習では何を意識するのか、どんなチャレンジをするのかを決めた状態で臨むことです。
読者の皆さんは、練習前にその日の練習の目標やテーマを決めてから練習していますでしょうか。コーチに作ってもらったメニューをこなすだけになっていませんか? その日の朝でも、前の日の晩でも良いので目標やテーマを決めてみてください。
②集中できる環境
ただなんとなく練習をするよりも、目標やテーマを決めて取り組んでいる方が当然ながら集中力は高まります。
そして、集中できる環境を作るためには心身のコンディショニングは欠かせません。外的な環境要因(天気、気温(水温)、練習場所)は自分ではコントロールしづらいですが、コンディショニングであれば比較的コントロールは可能です。
睡眠や栄養をしっかり摂り、心のご機嫌(幸福感情)を高めていくことで練習でも良い集中を持続しやすくなります。
また、練習メニューの意図目的を理解しておくこともとても大切です。コーチが作ったメニューがどんな意図目的があるのか、そのメニューを取り組むことでどう改善、成長していくのかを理解した上で練習することです。もしわからなければコーチやチームメイトに質問するようにしましょう。
③的確なフィードバック
練習後や練習の途中にフィードバック(振り返り)をすることで、練習の質は高まっていきます。練習前にコーチに今日の目標やテーマと「どこをチェックしてほしいか」を伝えましょう。
また、フィードバックは自分がフィードバックを欲しいタイミングでもらうのが一番効果的です。その都度がいいのか、メニューの区切りのタイミングがいいのか、練習がすべて終わってからがいいのか、を相談してみてください。
指導者も選手がどのタイミングでフィードバックを欲しているのか、チェックするポイントの共通理解ができているかを確認してから練習を開始しましょう。
自分自身でもログブック(トレーニングノート)に記録をして、振り返りをしていくことも大切です。
④改善し続ける
集中できる環境で、目標やテーマを達成することにこだわり、フィードバックをすることでうまく行ったことや改善するポイントを明確にしたのなら、それをたゆまぬ努力で改善し続けることです。
限界的練習は心身ともに負担が大きく疲労が溜まるので、1回の練習でできる時間はトップアスリートでも2時間程度と言われています。
特にトライアスロンは身体的な負荷が大きい競技ですので、しっかりと休息をいれながらやらなければ集中も続きませんし、ケガや故障、燃え尽きなどに繋がってしまうので、むやみやたらにやればいいというわけではありませんのでご注意を。
自分のコンディションや状況に応じて「量」と「質」の練習のバランスをうまく組み立ててみてくださいね!
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森下 健 Ken Morishita
学生時代は競泳選手として活躍。引退後は水泳指導者として多くの人を指導する中で、自身の「ここぞという試合で勝てない」という経験からメンタルトレーニングに興味をもち、応用スポーツ心理学を学ぶ。2013年、細田雄一選手のサポートをきっかけにトライアスロンに出会い、自身もレースに出場。2020年よりサニーフィッシュで水泳コーチ兼メンタルトレーニングコーチとしてメンタルトレーニングを実施。スポーツの他、企業や学校などさまざまな分野でメンタルトレーニング講演会や心理面のサポートを行う。

















