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新型コロナウイルス大流行中の今、トライアスリートとして考えたいこと〈後編〉

投稿日:2020年4月10日 更新日:


ルミナ編集部

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©Kenta Onogiuchi

>>前編「トライアスリートのマインドセット――今、取るべき行動」を読む

トライアスリートに推奨される
「トレーニングガイドライン」

文=彦井浩孝
(文末にプロフィール)

東京オリンピックまでもが来年に延期となった今、今後の国内主要レースはもとより、海外の主要なレースも影響を受ける可能性が高まってきている。

出場レースが決まらないとはいえ、何もしなければ、これまで蓄積してきたフィットネスやパフォーマンスを台無しにしてしまうことになりかねないが、このような未曾有の現状にあっては、まずは健康維持だけには努めたい。

COVID-19感染から自分自身や家族、周りの人を守るための手段や方策については、すでに広く示されている。各地域の行政や保健機関等が出す要請や指導に従い、感染拡大を防ぎ、自らや家族、地域の安全と健康を守ることを最優先としたい。その上で、今でき得るトレーニングを実施することにはおそらく支障はないだろう。

パフォーマンス向上はトレーニングの最大目的であるが、パフォーマンスが高いからといって健康であるとは限らない。パフォーマンスを維持・向上させるために心身へのストレスが過剰になり、免疫機能の低下を招いているかもしれないからだ。

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中強度の運動は免疫機能を健全にするが、トレーニングがハードになったり、回復が不十分だと免疫機能は低下する。免疫機能の低下はウイルスに抗う能力の低下を意味し、URTI(上気道感染)などの風邪やインフルエンザにもかかりやすくなる(おそらくCOVID-19にも)。トレーニングとリカバリーのバランスが取れたトレーニングを計画すべきだろう。

また、トレーニング前中後の栄養補給も重要だ。睡眠や休養日の徹底も必要である。もっとも、これらは通常のトレーニング効果を引き出すために考える上で大切なことばかりだ。何もCOVID-19時の対策というばかりではない。

ちなみに、このCOVID-19流行中において、一般的に推奨されている運動ガイドライン(アメリカスポーツ医学会=ACSM、2020年)では、年齢にかかわらず、以下の内容が示されている。

ACSM「運動ガイドライン」

① 中強度(会話ができるペース)での有酸素運動(ウォーキングやジョギングなど)を週に150分~300分

有酸素運動は、いつでもどこでも活動的であれば5分でも10分でもよい。合算して週あたり150分~300分になるようにする。たとえば、家の敷地内をウォーキング、家の階段を上り下り、好きな音楽に合わせてダンス、縄跳び、エクササイズビデオを行う、近所をウォーキングやジョギング(人との距離も2メートル以上確保する)、緑の多い公園を散歩(帰宅後は手洗いうがいを徹底)、自転車に乗る、庭いじりやガーデニング、家族との運動遊び(鬼ごっこやキャッチボール)などの身体活動が挙げられている。

② 筋力トレーニングを週2回

たとえば、トレーニングアプリやビデオを使って行う、ヨガを行う、スクワットやイスを立ったり座ったりを繰り返す、壁や床、机の端に手をついて腕立て伏せ、スクワットやランジ、階段を使って片足上り下りなどの運動が挙げられている。

③ できるだけ「座っている時間」を減らす

ニュースが気になってテレビを見がちなため、コマーシャルのたびにソファなどから立ち上がって他の用をするなどのちょっとした心がけが必要。

その一方で、自宅退避が強いられると、日常の身体活動量自体が減少してしまう。これは、そもそも運動不足な人々や、生活習慣病を抱える高齢者らにとっては影響が非常に大きい。したがって、上記のACSMのガイドラインに加え、下記のポイントが強調されている(Jiménez-Pavónら、2020年)。

自宅退避期間中の活動量減少を防ぐポイント
● 週あたり150分~300分の有酸素運動量を、週あたり200分~400分に増やす(週5~7日)
● 運動強度は最大心拍数(220-年齢)の65-75%程度の中強度で行う
● 筋力トレーニングも週2回から週3回へ増やす
● モビリティトレーニングやバランス/コーディネーショントレーニングも日々行う

©Kenta Onogiuchi

4月のレースを目指していたトライアスリートは今、どうすべきか?

トレーニングを行っているトライアスリートの場合でも、それ以外の「日常の身体活動量」自体が減少している可能性があるため要注意だ。

トレーニングを続けるとしても、今はこれまでのフィットネスやパフォーマンスを最低限維持することを目的としたい。もし4月に開催されるはずだったレースを目指していたとしたら、すでにパフォーマンスがピークに到達しようとしていたかもしれないが、その場合、今はそれをある程度は落とすぐらいでちょうどいい。

すでに6月末までのレースが中止か延期になっている今、早くても7月のレース出場となり、まだ2カ月は期間がある。その間、ピークに到達しかけたパフォーマンスを維持することは困難だ。したがってトライアスリートのほとんどにとって今必要なことは、ベースとなるフィットネスを維持することでいい。

また、トレーニングを行うにしても、グループでのトレーニングや合宿などは避ける。トレーニングセミナー等への参加も見合わせたほうがよいだろう。今の最優先事項は、健康と免疫機能の維持であり、感染拡大のリスクをできるだけ回避することである。パフォーマンス向上を目指したり、トライアスリート仲間との活発な交流を求めるときではない。自らと仲間や家族の健康維持のために、今は耐えるときなのだ。

レース目標も見失い、トレーニングの意義が薄れたと感じ、精神的に負担が大きくなるようであれば、無理にトレーニングを行うことはない。ただ、それらがなくても身体を動かすことは精神衛生上もメリットは大きい。体調が少しでも気になるときや、明らかに何らかの症状をきたしているときは運動やトレーニングを行うべきではない。

そこで、以下のガイドラインに従ってトレーニングを行うようにしたい。

トライアスリートのための
トレーニングガイドライン

❶ トレーニングの目的はフィットネスやパフォーマンスの最低限の維持(メインテナンス)であり向上ではない。その一方で、健康維持、免疫機能維持のために運動習慣を維持する。

トライアスリートにとってのトレーニングは生活の一部かもしれない。しかし、今は健康維持を最優先し、快適な汗を楽しみながらトレーニングを続けたい。

❷ フィットネスの維持には1日60分~90分程度のトレーニングで十分だ。強度も中強度(会話ペース~LT以下)。インターバルトレーニングも週1回でよいだろう。

2時間以上トレーニングを行った場合は、その後に十分や栄養と睡眠を取る必要がある。しっかりと糖質補給を行ってグリコーゲンの再合成を行うことが、健全な免疫機能の維持には必要となる。

©Kenichi Nakashima

❸ トレーニング強度と合わせて、週あたりのトレーニング時間も減らすことが心身へのストレスを軽減する。これまでどれぐらいトレーニングを行ってきたかにもよるが、最低でも20~30%は減らすべきだろう。

7月以降(願わくば)に出場するレースに向けて、フィットネスやパフォーマンスを落とし過ぎず、また2~3カ月(2~3トレーニングサイクル)程度かかるそれらの再構築のためにも必要最小限を維持したい。

目標レースがさらに先の場合は、思い切っていつもの50%トレーニング量を減らしてもよいだろう。

❹ もし4月に開催されるはずだったレースを目指していたなど、すでにピークレベルにパフォーマンスが高まっていた場合は、いったんそれを安全域まで低下させること。

これは、今に限らず、トレーニングプランを考える上で重要なことだが、パフォーマンスやフィットネスのピークは「生もの」のようなものである。長持ちはしない。したがって、レース予定の立たない今、時期尚早にピークに達することを防ぎ、また改めてそれらを構築するためにも、ある程度の低下は許容範囲と考えるべきだろう。

たとえば、バイクのFTPなら10~15%の低下はしかたない。これは、またレース予定が決まったときにピークトレーニングを再開するために、心身を十分に休ませることにも役立つ。

❺ トレーニングは自宅でのインドアトレーニングか、アウトドアを走る場合でも単独が望ましく、公園等人通りのある場所では必ず2メートル以上距離を空けること。

トライアスリートにとって自宅でのトレーニングはインドアバイクトレーニングやトレッドミルランが主体となるが、自重を使った筋力トレーニングや高強度インターバルトレーニング(HIIT)、バランスボードやメディスンボールを使った体幹トレーニング、安定性や姿勢の改善のためのモビリティエクササイズなどもぜひ取り入れたい。

家族と運動遊びを行うことも楽しくストレスの解消になるだろう。ただ、インドアトレーニングは有効である反面、退屈で、あるいはZwiftのようなソーシャルなインドアバイクトレーニングに夢中になるとストレスが過剰になりやすいため注意が必要だ。

©Kenta Onogiuchi

❻ 自宅退避やリモートワークを強いられている場合でも、トレーニングはスケジュールを決めて日々習慣的に行う。

健康維持だけでなく、現在のパフォーマンス維持にも有効だ。これまでのトレーニングプラン(TRR:トレーニング・レスト&リカバリー)の見直しや、生活習慣(食習慣や睡眠習慣)の見直しのよい機会にもなるだろう。

❼ トレーニング後は免疫機能が低下している場合があるため、十分な回復を図ることはもちろんとして、風邪等の症状をもつ人に接触しないように留意する。

❽ インドアでのホームエクササイズが中心になると、この季節とはいえ、脱水、熱中症などのストレスも大きくなる。春先でまだ暑熱代謝が不十分な今の時期には注意したい。

また、インドアばかりだと日光を浴びる時間が減り、骨の健康に影響が出る場合がある。日差しの中のトレーニングも可能な限り行いたい。

❾ 自分自身や家族の健康が気になり不安でトレーニングに集中できず気乗りしない場合は、無理にストレスをかける必要はない。

とはいえ、睡眠や食事の習慣は変えないように留意すること。アルコールの摂取量にも気をつけたい。また、トライアスリートの中には慢性的な症状をもつ人もいるだろう。その場合はACSMが示すガイドライン(前述)にしたがって運動習慣を維持するようにする。

❿ テレビやインターネットに割く時間を減らす。

毎日のCOVID-19関連の報道を確認することは必要だが、過剰な情報はストレスや余計な不安を引き起こす。人とのつながりを求めてSNSを利用することは不安を取り除くことに役立つ場合もあるが、本当に信頼のおける人とのみつながっておくだけでよいだろう。テレビやインターネットに取られる時間を、家族との時間やトレーニング以外の活動に有効利用したい。

©Kenta Onogiuchi

トライアスリートのファイトバック

海外のプロトライアスリートもソーシャルディスタンシングを強いられているが、彼らに共通することはメンタルアティチュード(心の持ち方)が非常に優れていることかもしれない。

彼らのトップレベルでのトレーニングやレーシングは、たとえCOVID-19による先行き不透明な状況においても不安や恐怖の淵に引きずり込まれることなく、常に冷静でポジティブな思考をもち、今でき得る最善のことに集中することができる。

プロトライアスリートのひとり、リンジー・コービン(アメリカ)は昨年からのケガの治療に専念するための時間を得ることができたようだ。その一方で、パートナーとのホームエクササイズやオンラインでのヨガなどを楽しんでいるという。

リンジー・コービン(アメリカ)©Kenta Onogiuchi

先月開催されたアイアンマン・ニュージーランドで女子総合2位に入ったベテラン、メレディス・ケスラー(アメリカ)は、泳げない代わりにストレッチコードを用い、筋力トレーニングの回数を増やすことで体幹、殿部、肩に重点的に取り組んでいるようだ。

また、子どもと走ったりレスリングごっこをしたり、サーキットトレーニングなどで楽しんでいる。そして、やはり今のこの状況を前向きに受け入れ尊重し、トレーニングができない中であっても持てるエネルギーをことがよりよい方向へ導かれるよう活用している。

メレディス・ケスラー(アメリカ)©Kenta Onogiuchi

昨年のアイアンマン・ハワイ(KONA)で4位になったアメリカのベン・ホフマンも同様のことを述べている。ポジティブにいること、毎日知るニュースがどんなものであっても慌てることなく受け入れ、最善を尽くすこと。

ベン・ホフマン(アメリカ)©Kenta Onogiuchi

我々も彼らにならってポジティブに毎日を過ごしたいところだ。トンネルの出口がどちらなのか、その長さは長いのか短いのかさえわからない。しかし、やがていつかは光が見えてくるはずだ。その時に反撃ができるよう、今は地道に我慢して耐えしのごう。トライアスリートなら可能なはずだ。

©Kenichi Nakashima

彦井浩孝
Hirotaka Hikoi
トライアスロン歴32年。アイアンマン出場40回以上、アイアンマン・ハワイ出場11回の強豪アスリート。オレゴン州立大学で健康人間科学研究科博士課程を修了。運動生理学・運動栄養学Ph.D.。神奈川県葉山町を拠点に、健康とトライアスロン、スポーツをテーマに活動する。NPO法人チャレンジ・アスリート・ファンデーション理事長。

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