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スイム上達に必要な 「柔らかさ」って、何だ?《R-body project × 前田康輔》

投稿日:2019年9月30日 更新日:


ルミナ編集部

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スイムに必要な「身体の柔軟性」を語る。

関節の柔軟性や身体の安定性など、スイム上達に必要な基本機能とは一体何か? 自分の状態をチェックし、改善していく方法とは? KONAチャレンジ協力施設「R-body project」と、ロジカルなスイム指導に定評のある前田康輔さんに訊いてみよう

取材=原 修二 写真=小野口健太 
イラスト=中村知史
※この記事は雑誌『Triathlon Lumina』掲載記事を編集・再録したものです。詳しくはTriathlon Lumina9月号をご覧ください。

高田章史
Akifumi Takata
KONA Challengeサポート施設「R-body project」コンディショニングコーチ。早稲田大学ラクロス部男子トレーナーなども務める。痛みを抱える人の身体機能改善からアスリートのパフォーマンスアップまで、幅広く運動指導を手がけている。

前田康輔
Kousuke Maeda
プロスイムコーチ。水泳マスターズ世界記録保持者。水中、陸上を織り交ぜたロジカルな指導はトライアスリートからも支持されている。

トライアスリートの多くは大人になってから本格的に泳ぎを始めている。そのため泳ぎのスキル以前のベース、すなわち関節の柔軟性や動作の制御能力、身体の安定性など身体の基本的な機能が欠けていると、スイム指導者から指摘されることが少なくない。

それではスイム上達に必要な基本機能とは具体的にどのようなものなのか? 自分の状態をチェックする方法は? 機能を磨いていくためのエクササイズとは?

この課題について身体とコンディショニングのスペシャリスト「R-body project」の高田章史さんと、トライアスリートの指導も多数手がける「マーマンキング」こと前田康輔さんが語り合い、読者にも実践できるチェック法・エクササイズを提案してくれた。

正しい動作・姿勢を
陸上でつかみ、水中で磨く

前田 トライアスリートの皆さんに水泳を指導していて思うのは、大人になってから泳ぎ始めたため、どこから動きの改善に取り組んだらいいかわからないという人が多いことです。

また、動きについて、いくつか根本的に誤解している人が少なくありません。そこでクロールの動きをパーツに分解して、ロジカルに泳ぎを組み立てていくというアプローチを始めました。

昨年はR-bodyさんとコラボして、まず陸上で動きのメカニズムを解説してもらい、参加者に動きを実践してもらってから、プールでの指導に移るというイベントを何度か開催しました。

高田 正しい動きを身につけるには、まず①陸上で動きに関わる骨格・関節の構造や、動きのメカニズムを理解し、②陸上で実践する、③水中で再現する――という手順を踏むと効果的ですね。水中は支えるものがない不安定な状態ですから、そこでいきなり正しい動きをやろうとすると、ややハードルが高いかもしれません。

上半身を回転させ
骨盤は安定させる難しさ

前田 例えば、トライアスリートがよく誤解しているのは「ローリング」の動作です。本来のローリングは胸椎だけ回転し、骨盤はしないんですが、多くの人が骨盤まで回転させてバランスを崩しています。今日はまず、どうしたら骨盤を安定させて、胸椎を回旋させることができるかというところから、水泳の動きのメカニズムを、高田さんとロジカルに考えてみたいと思います。

高田 骨盤の安定は人の動きの基本です。腰が安定しているから、他の部分を効果的に動かすことができます。関節は役割分担があり、動く関節=「モビリティ関節」と、安定させるための関節=「スタビリティ関節」の2種類にわけることができます。

動きには前額面(手を横から上げる動きなど)、矢状面(手を前から上げる動きなど)、水平面(回旋の動きなど)という三面の動きがあって(下のイラスト図参照)、スタビリティ関節はこのうちのどれか一面の動きしかできない関節のことを言います。

この分類で言うと、胸椎は三面に動けるモビリティ関節ですが、腰椎はスタビリティ関節にあたります。

骨格標本で見るとわかりやすいんですが、胸椎の骨はパーツが水平に積み重なっていて回旋しやすくなっていますが、腰椎の骨はパーツごとにタテのストッパーが組み合わさっていて回旋できなくなっています(下の写真参照)。

胸椎の骨はパーツが水平に積み重なっていて、回旋しやすい構造になっている(三面に動けるモビリティ関節)

腰椎の骨はタテのストッパーが組み合わさっていて、前後には動きやすいが、回旋はできなくなっている(一面の動きしかできないスタビリティ関節)

前田 だからクロールでも胸椎だけ回旋して、骨盤は回旋させないというのは理にかなっている。つまり胸椎と骨盤はローリングのたびにねじれるわけです。この動きができず、腰椎・骨盤まで回旋させようとすると、元々骨格的には回旋しにくくできているから、つられて脚が大きく開いてしまったり、どこかでその代償を払うことになる。

大人になってから水泳を始めた人には、胸椎は回旋させながら腰椎は動かさず、骨盤を安定させてキックを打つという動きがなかなか難しいので、動きをパーツに分解して、ドリルをやっていく必要があります。

人は「三面の動き」を
組み合わせて動いている

前田 水泳では三面運動も、ただ機械的に三面で動かすのではなく、たとえばクロールなら脇腹から動かすとか、身体のスペックをより生かすような動かし方をするんですが、このあたりのことはどう考えますか?

高田 パーツそれぞれの面運動をエクササイズで最適化して組み合わせていけば、良い動きを組み立てることは可能なのではないでしょうか? 例えば歩くという動作は一見、脚を前後に動かす矢状面の動きに見えますが、片脚の局面では前額面にずれないように筋肉は働いてますし、腕の振りに合わせて胸椎は回旋している。

人間の動きは細かく見ていくと、三面の動きが複雑に組み合わされてできています。ロボットの動きがぎこちないのは、一面の動きを組み合わせているからです。

前田 水泳でも苦手な人の泳ぎは骨盤の動きがロボット的になっていると言えるかもしれません。例えば入水した手が水をつかむキャッチの動きは一面の動きではなく、手の矢状面と前額面の動きに加えて、胸椎の水平面の動き(回旋)が同時に入っています。これに骨盤のスタビリティが加わるから……複雑です。水中でいきなりこれをやるのは難しいので、まず陸上で動きを分解しながらやっていくわけです。

R-bodyさんでは三面の動きをやりやすくするために、何かエクササイズで心がけていることはありますか?

高田 色々な角度から身体を三面で鍛えようという考え方をしていますね。一般的にトレーニングには矢状面と前額面で負荷をかけるメニューが多く、水平面で負荷をかけるトレーニングは見落とされがち。その理由は重力にあります。ダンベルを持って動かすと重力で自然と上から下へ負荷がかかりますが、水平面にはかかりません。そこであえて水平面で負荷をかけるようなエクササイズを意識的に行っています。

▼壁に向かってシャドースイム

壁に向かって真っすぐ立ったまま、手が壁に沿って動く感じでシャドースイムを行う。腕と胸椎の動き、ヒジの向きを意識して行おう。本文中に出てくる、「キャッチ」「プル」「プッシュ/フィニッシュ」といった動作も、陸上なら分解して確認できる。

3)キャッチのタイミングでは肩は上がり、三角筋(肩の上)を使う
4)プルでは広背筋(背中~腰にかけての筋肉)を使いつつ肩が下がり始め……
5~6)上腕三頭筋(上腕の裏側)を使うプッシュ~フィニッシュでは肩は下がって、逆側の脇腹が伸びる

「身体が硬い」には
神経系の制御力不足が隠れている

前田 ある動きが悪い場合、物理的に身体が硬いからなのか、それともその動きができないということなのか、という2種類の原因が考えられると思います。その点についてはどのように考えていますか?

高田 関節の動きが悪いと、「筋肉が硬い」と考えがちですが、本当に関節周りの筋肉が硬くて動きが制限されている場合と、実は硬くなくて、動きを知らないから動かせないという場合があります

人間の身体は脳から神経伝達で「動け」という指令が送られて動くんですが、これをモーターコントロールと言います。このコントロールがうまく働かなくて動きが出ない、つまり外から見ると動きが硬い、ギクシャクしているということがおこる。

物理的に筋肉が硬いのはハードの問題ですが、これはソフトの問題です。この場合、マッサージやストレッチでは解決しないわけで、運動して制御機能を脳・神経系にもたせるしかない。可動域が制限される原因の6割は神経系の問題というデータもあるくらいです。

意識することで神経系の
コントロール機能が生まれる

前田 確かに一般のトライアスリートを指導していて、スイマーのように肩周りが柔らかくて可動域が大きい人はあまりいないんですが、まともに泳げないくらい肩周りが硬くて可動域が狭い人はまずいませんね。

誰でもそれなりの範囲で腕を回すことはできますし、動ける範囲で基本的な動きを作っていけばいいと思います。基本的な動きができたら、あとは個性を伸ばしていけばいい。

ただ、水泳は歩きのように無意識に自然にその基本的な動きができるわけではないので、まず基本の動きをそれぞれパーツに分解して、意識して練習していく必要があります。

高田 前田さんが実践されている、陸上でまずその動きのパーツを練習してから水中で行うアプローチには、陸上のほうが動きを意識しやすい、神経系に刷り込みやすいというメリットがあると言えますね。

水中には陸上のような床・地面の支えがありません。人間は地面の反発、「床反力」を感じることによって、自分の動きや姿勢を感じ取る基準にしているんですが、水中ではこの床反力がないので、自分の姿勢や動きを意識しようとしても難しいんです。

前田 水中では無重力に近い状態で浮いているわけですからね。

高田 だから例えばローリングの胸椎の回旋を意識するには、まず陸上で床を押しながら上半身をひねるといった動きをやって、身体に動きの感覚を覚え込ませてから水に入って同じ動きをやってみるというアプローチが効果的なのだと思います。

クロールを構成する
3Dの動きを陸上で分解

前田 クロールの動きの基本は、まず手が入水して前へ伸び、水をキャッチするのに合わせて上半身(胸椎)が回旋します。このとき骨盤は回旋しないんですが、むしろ反対に少しひねるイメージで安定を確保します。そうしないと上半身の回転につられてしまうからです。

入水の手は上半身が回転するから真っすぐ前に伸びますが、回転しないとしたら斜め外(背中)側に向かって伸びる動きをしています。

一方、腕は適度に内旋していて、水をとらえることができます。ヒジはリカバリーから入水・キャッチ・プル・プッシュまで、常に一定方向を向いています。ヒジの角度(深さ)や掌の角度は腕と肩の位置によって微妙に変化しますし、泳ぐ距離(短距離、長距離)によっても変わってきますが、動きの軸に対する向きは常に一定です。

高田 これらの動きをひとつずつ陸上で練習してから水中で再現していくわけですね。腕の基本的な動きは立った状態でやるといいもの、床に腹ばい、あるいは寝た状態で行うもののほか、バランスボールを使って行うという方法もあります。腕と上半身の動きは棒を持って行うと効果がありそうですね。

バランスボールに胸を載せたシャドースイム。一連のストローク動作を分解・意識しながら実践する。不安定な状態だが、骨盤が傾き過ぎないように安定させることも大事。

動きは大きくすることで
生きた動きになる

前田 クロールで泳ぐとき、腕のストロークは大きく分けて3段階の動きに分かれます。そのとき働く筋肉もそれぞれ違います。

① 三角筋(肩の上)を使う「キャッチ」
② 広背筋(背中~腰)を使う「プル」
③ 上腕三頭筋(上腕の裏側)を使う「プッシュ/フィニッシュ」

この3段階で、肩のラインの傾きも変わります。キャッチのときは上がっている肩が、プルからプッシュ/フィニッシュへと移っていくにしたがって下がってきます。

重要なのはフィニッシュの動きを最後までしっかりやることです。そのためには肩のラインが下がった上でさらにもう一段寄せる動きが必要ですし、反対の手を伸ばしたほうは脇腹をしっかり伸ばす必要があります。

さっき三面の動きの上に、「脇腹から動かす」「身体のスペックをより生かすような動かし方」と言ったのはこのことです。

泳ぎが小さく窮屈になってしまう人は、この3段階のうち①と②だけで、③ができていないんです。逆に入水の動きが詰まっても、③がしっかりできれば、泳ぎ自体は大きくなります。

高田 脇腹の動きを出すには側屈、つまり横に上半身を曲げるエクササイズが有効だと思います。

そこに肩甲骨の動きを組み合わせれば、前田さんの言うようなストロークの大きな動きにつなげていけるでしょう。肩甲骨はスタビリティ関節ですが、正しいポジションで安定しながら動くことで、腕や上半身の動きが良くなります。これは胸椎の三面ストレッチを入れたエクササイズを行うことで向上させることができると思います。

セルフチェックから
柔軟性・動き改善エクササイズ

前田 こうした動きを行うには、まず自分にどれくらいの柔軟性・可動域があるのかを把握する必要があると思いますが、柔軟性・可動域をセルフチェックすることは可能ですか?

高田 R-bodyで行っているチェック方法を、簡単なセルフチェック法に応用することは可能です。これで自分の柔軟性・可動域の現状を把握した上で、次に改善のエクササイズを行うという手順を踏むのがいいと思います。

前田 動きをパーツに分けて練習したら、それをクロールの動きへと統合していきたいんですが、いきなり全体を組み合わせるのは難しい。そこまでの過程としてパーツのエクササイズを複数組み合わせていきたいんですが、それも可能ですか?

高田 単純なエクササイズから複合型のエクササイズへ移行して、難易度を少しずつ上げていくというエクササイズの例もご紹介しましょう。段階を踏むことで、水中でのクロールの動きを組み立てやすくできると思います。

スイム上達に必要な “柔らかさ”
チェック&ブラッシュUP!

セルフチェック
安定すべき関節は固定させた上で、それぞれの関節が必要な可動域があるかをチェック。

肩関節・胸椎の可動性

▼あぐらをかいて床に座る。後頭部と腰を壁につけ、両手を挙げる(矢状面の動き)。

▼手・後頭部・腰がきれいに壁につけばOK。
▼腕が上まで上がらなかったり、腰が反ったりする場合は肩関節や胸椎の可動性に問題がある。

胸椎回旋の可動性

▼片ヒザをつき、両腕をクロスさせて、肩の前で棒を持ち、上半身を回転。


▼45度以上回ればOK。
▼身体が反ったり、ヒザが開いたりはNG。棒があることで、水平面の動きが正しくできているかチェックしやすくなる。

肩甲骨・腰椎・骨盤の安定性

▼ヒジで身体を支えるフロントブリッジ(プランク)の姿勢をとる。脚は肩幅くらいに開く。

▼肩がすくんだり、身体が沈んで肩甲骨が「天使の羽根」のように出てしまうのは、肩甲骨の安定性が悪くなっているのでNG。

統合動作 改善エクササイズ
安定すべき関節は固定させた上で、それぞれの関節が必要な三面動作ができるか。関節などハード面からくる動きの硬さをチェック

胸椎の回旋と骨盤の安定
〈低難度Ver.〉

▼床に寝て脚を前後に軽く開いて腰をひねり、上側の腕を上げて、上半身を反対側へひねる。

▼エクササイズ1のように身体を支えない分、容易にひねりの動きに集中できる。

高田 上半身をひねるときに、手を目で追うと首が回旋し、胸椎が自然とスムーズに回旋します。人間の身体はひとつの動きが関連する動きを誘発するようにできていて、これを「キネティックチェーン」と言います。スポーツでは最初に目が反応して身体が動きに入ることが多いんですが、キネティックチェーンを利用して、目で動きのスイッチを効果的に入れるといったことも可能です。

胸椎の回旋と骨盤の安定

▼プランクの姿勢から、片方のヒジで身体を支え、もう片方の腕を下げ、胸の下をくぐらせる。

▼下げたほうの腕を上げる。

高田 重力に対して腰椎・骨盤を安定させてから胸椎をひねる動作を行うのは、複合的な動きなので難易度が上がります。セルフチェックで姿勢の安定や回旋の動きに問題がなくても、こうした統合動作で動きが悪くなることもあります。

胸椎の伸展→側屈→回旋

▼片ヒザを立てた状態で、片腕(ヒザをついている側)を上へ伸ばす(矢状面の動き)。
▼上半身を挙げた腕とともに反対側へ倒す(前額面の動き)。

▼次にヒザを立てた側の手を後頭部に当て、もう片方の手で立てたヒザの外側を持つ。
▼その状態で、上半身を回旋(水平面)。

高田 重力がかかった状態で三面の動きを行う統合動作です。回旋は目線も動くことで胸椎の動きをスムーズに行うことができます。側屈でヒジが曲がってしまったり、回旋で身体の軸が倒れてしまったりするのはNG。

統合動作エクササイズ
応用編
ダンベルなどで負荷をかけて行うことで、正しい動きがより定着する。

胸椎回旋のダンベルエクササイズ

▼脚を肩幅くらいに開き、上体を前に倒した状態で、ダンベルを両手に持つ。
片方ずつ持ち上げる。

▼ポイントは頭と腰を動かさないこと。
猫背はNG。

高田 キネティックチェーンの働きで、腰も肩につられて回りがちですが、ここは意識して腰を安定させます。肩の動きは水平面ですが、骨盤の安定を維持することと合わせて、一種の統合動作のエクササイズになります。

>>>KONAチャレ過去掲載記事を読む

◎「KONA Challenge supported by MAKES」オフィシャルHP

オフィシャルページでは、メンバーのトレーニング状況やピックアップコンテンツなどを随時更新しています。

◎MAKES

【サポート施設】
AQUALAB

流水プールを使ってインストラクターによるフォームの分析、プルブイを使用して20分測定を行う。
※メンバーの孫崎が実際に測定している様子はこちらから

SPORTS SCIENCE LAB

心肺能力(VO2MAX)、AT値、AT値でのフルマラソン適正ペース、ランニングフォーム評価、AT値での20分走タイムを測定。

R-body Project

ファンクショナル・ムーブメント・スクリーン(FMS)で体のコンディションを骨格のゆがみや関節の可動域などのポイントからチェックし、評価。

Endurelife

AT値で20分間バイクをこいだときの平均パワー/心拍数(PWR/HRT—AT値)、FTP(機能的作業閾値パワー/PWR/HRT—AT値20分の95%)、フォーム、ペダリングについてのチェック&アドバイス。

 

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