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オリンピアン関根明子さん、コラム始めます!~徒然なるままに~#001

投稿日:2022年10月12日 更新日:


ルミナ編集部

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オリンピアン関根明子のトライアスロン徒然記

皆さん初めまして! 元プロトライアスリートの関根明子です。この度、これまでの経験や感じてきたこと、現役引退後の活動などを、この場を少しお借りして、記事を書かせていただくことになりました。うれしい! 楽しい! 感謝! 皆さんどうぞよろしくお願いいたします。

これから自己紹介も兼ねて、陸上実業団の長距離選手からオリンピックを目指してトライアスロンに転向し出場に至るまでの経緯と道のりを、少しずつ振りかえっていきたいと思います。

写真=関根さんご提供

オリンピアンを育てた 母の子育てとは

私が生まれ育った福岡県北九州市は、玄界灘と八幡製鉄所(世界遺産)のある海と山に囲まれたのどかな場所です。畜産関係の仕事を営む父と専業主婦だった母に育てられ、小さなころから足が速く、少しもじっとできない活発な少女でした。

初めてのスポーツは水泳。4歳から始めた水泳は14歳まで続けました。専門種目は平泳ぎでした。クロールで芽が出ない私に、平泳ぎをやらせたコーチが大当たり。当時通っていたスイミングスクールの特待生になる基準まであと少しの記録まで伸びました。

写真=関根さんご提供

学校が終わり、軽食を済ませ、19時頃から21時くらいまで選手コースで練習する毎日でした。練習が楽しいというよりは、友だちと会うのが楽しくて通っている感じでしたね。

思春期に入り他のことに興味をもち始めた頃、水泳を辞めたくて辞めたくて仕方がなく、毎日どうやって水泳を辞めてやろうかと考えていましたが、絶対に母が首を縦に振ることはありませんでした。そのたびに母は「スイミングに見学に行ったら、あなたがやりたいと言った」と言いますが、本当かな(笑)?

ずいぶんと大きくなって聞いた話ですが、母曰く「あなたは運動神経がとても良かったから、きっと将来何かしらのスポーツで才能を発揮するだろう。先ずは全身運動である水泳で心肺機能を鍛え、専門種目へ進む将来のそのときに備えようと考えて、中学卒業までは絶対に水泳をやらせたかったと。

写真=関根さんご提供

食事はすべて手作り 母のこだわり

母の子育てはとてもユニークでした。食事すべて手作りで冷凍食品の類をほとんど食べた記憶がありません。毎日圧力釜で玄米を炊き(さすがにお弁当は白米でしたが)おやつを含め、着色料や食品添加物の入った食べ物は一切禁止。

当時同じ言葉があったかは分かりませんが「経皮毒」を気にして、市販のシャンプー類は禁止。お風呂場には無添加せっけんが一個だけ置いてあり、それで全身を洗っていました。さすがに石鹼で髪の毛を洗うと石鹸のアルカリ性で髪がバサバサになったので、そんなときは洗面器にお湯を張り、そこへ酢を数滴入れたお手製リンスで酸性へ。

さらに母のこだわりは続きました。母はどこから情報を得てきたのか、靴下を日常的にはいていると、足の指の動きが制限され運動機能が低下してしまうという考えで、真冬以外は靴下禁止。自宅には突っ掛けの代わりに下駄がおいてあり、土踏まずまで鍛えました。

2005年東京ベイアジアカップトライアスロン

肌に触れる下着は綿のみ。通学時の手提げかばんは、発育期の背骨と身体のバランスに悪影響を与えるということで、小学生時代は最後までランドセル。大きな身体にランドセルを背負って登校した記憶は……それはそれは恥ずかしかった思い出として残っています。

そのお陰かもしれません。現在まで風邪以外の大きな病気やアレルギーは一切なく、現役時代は故障が少なかったです。その母も2004年アテネオリンピック最終予選の世界選手権直前に脳梗塞で急逝しました。

トライアスロンという素晴らしいスポーツに出会い、目標だったオリンピックに2度出場し、引退後は3児の母になれたこと、当時は母の存在と教育方針が大変コンプレックスでしたが、自分も母になった今は、ただ感謝しかありません。

続き>>【水泳から陸上へ――高校受験が転機に】オリンピアン関根明子の徒然なるままに#002
※1カ月に1~2回不定期更新。

関根明子 Akiko Sekine
九州国際大学附属高等学校女子部陸上競技部。ダイハツ工業株式会社 陸上部に所属。1998年トライアスロンへ転向し、10年間プロトライアスリートとして活動。2008年に引退後、現在は3人の子育てをしながら、トライアスロンやランニングのコーチとして活動中。2022年「プライベートサロン Ohana」を開業。1975年生まれ、福岡県北九州市出身。
《主な成績》
1998年 ソウル国際女子駅伝 日本代表、横浜国際女子駅伝 近畿代表
2000年 シドニーオリンピック トライアスロン日本代表
2004年 アテネオリンピック トライアスロン 日本代表
2006年 アジア競技大会 (ドーハ) 銅メダル

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