Special Interview
先達トライアスリートに学ぶ、人生設計
「すごい会議」代表 大橋禅太郎さん編〈後編〉
稲田さんのように、一生スタートラインに立ち続ける人でありたい
Interviewer 山口一真(MAKES/100年コーチ)
コーチたちに喝を入れるために
始めたトライアスロン
山口 そろそろトライアスロンの話をしましょうか(笑)。
大橋 僕は『ルミナ』にインタビュー受けた中で一番遅いトライアスリートですよ。アイアンマンに12回出て6回DNFですから。
山口 そういう方にフォーカスするっていうところに、すごく意味があると思うんです。トライアスロンてタイムだけじゃない。
稲田さんのようにタイムとは違う意味でのレジェンドで、誰もが「ああいう人生を歩めたら素晴らしいよね」って認める人もいる。それって人の価値観によって変わるし、その人のトライアスロンとの関わり方、その人のあり方というのが大事だと思うんです。
大橋 稲田さんのセミナーで、「稲田さん、今モテるんじゃないですか?」って質問したら、「それがさ、モテるんだよ」って(笑)。それまでの質問て「サプリ何とってますか?」とか「トレーニングメニューは?」「タイムは?」とかだったんですけど、僕のその質問が一番その場のエネルギーが上がった感じだった。
山口 トライアスロンは「すごい会議」のみなさんと始めたんですか?
大橋 そうです。「すごい会議」で毎年どこか外国行くんですけど、2012年にトンガに行って、なんかイメージ湧かなかったんで、翌年はニューヨークで会って、一週間後にサンフランシスコでもう一回みんなで会うことになったんですけど、みんなでシェアするような話もない。
全体的な一体感も感じられず、シズル感も薄くて、「これやばいな」と思ったんです。そこで「みんなが怖がるくらいのもので、なおかつ俺も怖いものを何かやるか」と考えて、思いついたのが全員で極真の黒帯をとるか、トライアスロンやるかだった。
山口 どうしてそこからトライアスロンを選んだんですか?
大橋 極真は僕の前歯が差し歯で、次折れたらヤバいんで(笑)。
トライアスロンは僕57mしか泳げないし、学校でのマラソンはビリからいつも二番目だったし、いいなと。ネットで調べたら、翌年5月にホノルルトライアスロンなるものがあるというんで、「全員でそれに出て完走します」って言った。
一流に教わると学ぶものが多い
山口 僕も泳げない状態から始めましたが、大変だったでしょう。
大橋 TI(注1)に行ったら、1週間で200m泳げるようになった。あるときプールで1時間10分かけて1500m泳いだら、コーチに「よくそんなに浮いてられましたね」と言われた(笑)。
山口 まずコーチングを受けたんですね。
大橋 僕らコーチングやってるんで、教わることに興味がある。だから一流の人のコーチングをがんばって買うんです。
ゴルフやったときも宮里藍のコーチのピア・ニールソンにコンタクトとって「教わりたいんだけど」っていったら、「わかった。教える。で、ハンディいくつ?」「正確に数えると40くらいかな」と言ったら「それはやめといたほうがいい」(笑)。「いや、価値があるかないかは俺が決めるから」(笑)。で、ピア・ニールソンに教わると、教え方そのものに非常に学ぶところがあった。
トライアスロンでも宮塚さん(注2)に宮古島合宿をお願いしたし、バイクはTK(竹谷賢二さん)に、スイムはTIの竹内さん(注3)に直接教えてもらった。TKとか宮塚さんには教わり上手って言われます。
山口 教える側の経験をしているからでしょうか。
大橋 相手の言ったことを受け入れるときは完全に納得した上でないとできないんで、腑に落ちないことがあると疑問をストレートに言うんです。宮塚さんにも骨ランのことで「宮塚さん(脚が)売り切れないって言ったけど、スピード落としたじゃないですか」って言ったことがある。教える者も教わる者も上下じゃなくて自然で話すっていう前提なんで、教えるほうは大変だと思うんですけど。
山口 そういうストレートなコミュニケーションをするから、コーチも心を開けるというか、対等な人と人としての付き合いでコーチングできるんじゃないですか。
トータル・イマージョン。アメリカのテリー・ラクリンが生みだした水泳のメソッド。TIメソッドで指導するスクール、プライベートレッスンが日米で開催されていた(日本国内では現在TIの流れをくむ「イージースイミング」がレッスンを展開している)
(注2)宮塚さん
宮塚英也。日本人で唯一KONA(アイアンマン世界選手権)のベストテン(1988年に9位・1994年に10位)に入った、日本ロングディスタンス史上最強のトライアスリート。プロ引退後はコーチとして指導に当たり、筋力頼みにならず、骨の構造にしたがって動く「骨トライアスロン」を提唱している。
(注3)竹内さん
竹内慎司トータル・イマージョン・スイム・ジャパン代表(当時)。TIコーチとして日米でメソッドの改良・普及に貢献した。
本質的なことは言葉にしにくい
大橋 宮塚さんにはホノルルトライアスロンのときも帯同してもらって、朝、準備運動してるとき、通りかかった色んなトライアスリートがみんな宮塚さんに頭下げて挨拶するんで、「偉い人なんだ」と(笑)。
山口 伝説のトライアスリートですよ。
大橋 宮塚さんのやり方って、僕らと似てるところがありますね。宮塚さんのやり方ってわかりにくいじゃないですか。妻の由紀子は宮塚さんのことを最初から「この人なんかある」ってずっと言っていて、僕とバイクの力は同じなんですけど、彼女だけ宮塚さんのパーソナルトレーニングを受けにいくと、一緒にバイク乗っていて僕が追いつけなくなるんです。
で、僕もパーソナル受けて、骨バイクをつかんだ気がしたら、今度は由紀子がついてこられなくなったりした。でも、何を得たかってすごく言いにくい。一応型はあるんだけど、本質というか、そのへんは言語化しにくい。
山口 「すごい会議」でも、お客にコンサルティング提供しながら、「そういう感触の部分も理解してくれ」っていうのは大きいかもしれないですね。
大橋 ほぼそれです。コーチ達にも「言ってることじゃなく、何言ってないか聞け」って言いますから。
普通のコーチは部分を見、
一流のコーチは全体を見る
山口 禅太郎さん、「元々コーチング受けるの好きじゃなかった」みたいな話をされてたじゃないですか。ご自身がコーチングやるようになったから、色んなトップのコーチから教わることの価値がわかるようになったということですか?
大橋 特に一流は違うんですよね。普通のコーチは部分だけ見て言うからかえって遠回りになったりする。たとえばスイムでヒザ曲がってバタ脚してると、下手なコーチは「ヒザ曲げないでください」って言うんです。
でもそれで曲がらなくなるくらいなら苦労しないんで、ヒザ曲げないと身体が沈むとか、何かの結果として曲がるんですよね。すると「曲げないで」では問題解決できないんです。
山口 元の原因を考えてアプローチしなければならないわけですね。
大橋 バイクでもDHバーとアームレストの幅が狭くて肩が痛くなっちゃうんで、TKのとこに行って「広げてもらえます?」って言ったら、一番広いとこまで広げてくれたんですけど、「まだ痛みがあります」って言ったら、またちょっとバイクに乗った僕を見て、サドルの位置を5㎜前だか後ろだかにしたんですよ。そしたら痛くなくなった。
TKは全体観で見たときの違和感がはっきりわかって、その違和感に対して解決策を提示できるから、結果を変えることができるんです。
ギリギリの勝負が面白い
山口 ちなみに今までアイアンマンに12回出て6回DNFっていうのは、問題解決できなかったんですか?(笑)
大橋 いや、逆ですよ。6回完走できるのが偉いんで、全部完走してる人たちは勝てるとこで勝負してるっていうか、勝てる喧嘩しかしないで「おれ喧嘩負けたことないよ」って言ってる人だと。僕みたいに体育の成績2の人が半分DNFってことは、かなりいい勝負してる(笑)。
山口 なるほど。
大橋 うちはアイアンマンで1回でもDNFになると「元アイアンマン」になるんですけど、去年3回ロングでDNFが続いて、3回目がアイアンマンブランドのロングだったんで「元アイアンマン」になっちゃった。
それで1カ月後のアリゾナに出て、初めてランに脚を残すためにバイクでがんばりすぎないようにしたら、結構バイクのタイムが結果として良くて、ランの後半、時計チラチラ見ながら計算してたら、20㎞で歩いても完走できるとわかった。
今までは歩いたら完走できない人だったのが、初めて歩くっていう選択肢が僕に回ってきた。歩きましたよ(笑)。
山口 迷わず?
大橋 いや、葛藤はあって、「だめだめ」って走ろうとするんですけど、一度折れたら戻らない。で、完走したんですけど、一番納得いかないレースでした。
僕アイアンマンのラン好きなんですよ。自分と向き合う希有な時間です。サンタローザでDNFしたとき、コースですれ違う人たちも、僕に近いタイムゾーンなんで、歩くと間に合わないから走るしかない。みんなひたむきに自分と向き合いながら走ってる。
それ見て「かっこいい!」って思った。
そのとき僕が目覚めたのは、ケータイもつながらない、ギリギリの状態でひたすら自分と向き合える素晴らしいスポーツだってことなんです。
スイムとランはある日
「好きかも」と気づいた
山口 元々トライアスロンは「すごい会議」のシズル感、チャレンジ感が欲しくてノリで始めたと思うんですが、「目覚めた」っていうことは、今、トライアスロンに対する向き合い方、考え方が変わってきてるってことですか?
大橋 昔はランが趣味とかいう人がいると「つまんない人だな」みたいに思ってた。「ほかに楽しいことあるのに知らないの?」って。で、今年の1月、出張中に皇居で気持ちいいペースで走ってたんです。
それまではスケジュール組んであるから走ってたのが、そのとき「俺、ラン好き」とわかったんです。やってるうちになんか好きになっちゃったんですね。
スイムも一昨日好きとわかったんです。それまでスイムはスケジュールに入っていても一番サボっちゃうことが多かったのが、「あれ、俺、好きかも」って。
山口 その気持ちすごくわかります。バイクはどうです?
大橋 バイクはまだ「好き」と言ったことないですね。ほぼ毎週末、由紀子と100㎞ライド行ってるんですけど。コースにアップダウンがあるのと、景色がいいんです。トライアスロンというフォーマットを使って自転車遊びを楽しんでるっていうか。
チャレンジは一生できる
山口 禅太郎さんはこれからずっとトライアスロンを続けていきますか?
大橋 僕は稲田さんが隠れ目標で、死ぬまで完走したい。人それぞれ楽しみ方があるんですけど、競技としてやってた人って勝てなくなると引退しちゃって、趣味でもほとんどやらないじゃないですか。すごく残念だなって思う。うまくやれば一生できる。DNFはルールが決めることだし、体調とか自然条件とかもありますけど、スタートできる状態にするのは一生できる。
山口 トライアスロン以外に挑戦したいものはありますか?
大橋 年末、日本にいたときNHKのBSか何かで「グレートレース」というウルトラトレイルレースのシリーズや日本アルプス縦断レースを観てるうちに、「これ、ちょっと遠めの目標に置きたいかな」って考えた。だから今、週末のランは獲得標高900mとか1000mのトレランなんです。
山口 どういうところが気に入ったんですか?
大橋 「グレートレース」のマウントフジで、ある女性ランナーが1位かなんか狙ってたのにうまくいかなくて、ゴール手前のエイドで「もうやめる。ごめん、ごめん、ごめん」て泣きながら、うどん食ってるんですよ(笑)。次のシーンではゴール1㎞手前でニコニコしながら走ってる。「それってわかるー」みたいな(笑)。
山口 精神崩壊みたいなことが起きてるんですよね。ただがんばってるとかというんじゃなくて、人間の素の部分が出る、出せる、出してもいい。そういうことが起きる世界って普通じゃないですよね。
大橋 見てると惹きつけられますよね。
山口 僕も見入ってしまいます。
大橋 僕の友人が「お前、大変なこと好きだろう」って言うんです。僕は「いや、簡単なほうがいい」って言うんですけど、難しいこと、困難なことって、たしかに一部の人を惹きつけるんですね。
台風で交通手段がないとき
成田から夫婦で走り始めた
山口 トライアスロンやってると、最初はショートでもすごかったのがアイアンマンに出るようになって、自分のレベルが上がっていくにつれて、どんどん「普通」の基準も上がっていくというのが面白いですよね。
大橋 去年の秋、日本に帰ったとき台風が通過していて、色んな交通システムがほぼダウンしていたんです。タクシーに並んでいても全然列が進まないんで、(妻の)由紀子に「俺らアイアンマンだから、東京まで走ってこう。荷物引きずりながらでもたかが12時間だから、朝までに着くよ」って(笑)。
由紀子も「わかった」って言って、走り始めたんです。結局、空港の敷地を出たところでちょうどタクシーがつかまったんですけど。
山口 その意志決定ができる夫婦って素敵ですよね。
目標それ自体よりも
その人の満足が大切
山口 禅太郎さん、ウルトラトレイルはいつまでに達成しますか?
大橋 目標立てないほうがいいものもありますよ。ハイパフォーマンスにならないけど、ハイパフォーマンスがいいとも思わないし。高い目標がいいかどうかも、蓋を開けてみないとわからない。
チームでやるときは何をめざしていて、良い悪い、やるやらないがはっきりしていたほうがうまくいきやすいですけど。個人の場合は自分の満足が大切です。
山口 ハイパフォーマーが必ずしも正解ではないというのは、さっきのトライアスロンのタイムの話と同じで、共感する人が多いんじゃないですか。
大橋 今僕、抱えすぎじゃないですか。ジャズピアノ、クラシックピアノ、ハープシコード、部品の開発、トライアスロン、すごい会議。それから今、第二次大戦中に使ってた戦闘機の練習機を買う方向で動いてまして(笑)。
山口 それ、飛ぶんですか?
大橋 飛びます。ただ保険屋さんが保険かけさせてくれないんです。フロリダの1週間の集中クラスに行くと、保険がOKになるというんですが、そのクラスにも入学条件があって、今それにむけてトレーニングしているところです。
あと、スピーカーシステムも作りたいし、今は自宅に造ったプールのタイマーがうまく動かなくて、毎日悩んでて楽しいです。まな板でタッチ板つくって、ピエゾ素子っていうのを付けて叩くと反応するようにしたんですけど、回路ミスとかハンダ付けミスとかで動かなくて。
山口 自宅にプール造ったのはだいぶ前ですよね?
大橋 造り始めたのはここに家買ったときだから(2019年)9月ですけど、基礎のコンクリートを打つ業者が休みだったりとか、雨期で基礎が壊れたりとかで遅れて、コンクリートがかたまるのに2〜3週間かかって、やっと1カ月前(7月)に水のサーキュレーションシステムが立ち上がった。泳げるようになったけど、コンクリートってアルカリ出しまくるんですよ。すごい量の酸を入れても高アルカリの水で泳ぐ(笑)。
なぜトライアスロンをやるのか
わからないけど続けている
山口 その多趣味な禅太郎さんにとって、トライアスロンは数多いミッションの中でどういう位置づけですか? なぜそれを続けるんですか?
大橋 わからないですよね。僕のまわりの人間も、自分がなぜこんな変なこと続けてるのかわかってないんじゃないですかね。
一度TKと合宿したとき、宮古島で雨がすごく降ってびしょ濡れになって、みじめっていうか、大変だったんです。そのとき「趣味なのになぜこんなことやるの?」って、走りながら半分冗談、半分本気でみんなに訊いたんですよ。みんな黙って走ってるんだけど、わからないんですよね。ただ続けちゃってるんです。
山口 なんですかね。僕の中では単純に「自分の理想を追求する」っていうコンテキストはあるかもしれない。「何が理想なのか?」と問われるとわからないですけど。
稲田さんのように88歳になっても動けて、外国行けて、おいしいもの食べられて、バイクこげたりとか、単純に「自分自身がそうでないよりは、そうなったほうがいいだろうな」っていう発想で僕はやってます。
なめてかかるからチャレンジできる
大橋 僕は稲田さんのセミナー行ったとき、マジで稲毛(※千葉市稲毛区=稲田さんのトレーニング拠点と彼が所属するトライアスロンのクラブがある)に引っ越そうかなと思いましたもんね。
山口 意外と影響されやすいんですね。
大橋 そう。僕の基本的な生活行動は、なんでも安く見積もっちゃうんです。安いほう、簡単なほうに見積もるからスタートしやすい。やってみると思ったより20倍大変とか、「こんなとこでこんな障害に出会うの!」っていうことになる(笑)。その中で続いてるのは、障害が大きいやつのほうが多いかもしれないですね。
山口 やってみないと障害にぶち当たらないですからね。大体の人はやらないで終わってしまう。先に「やったら障害が大きいだろう」と思うと、どんどんチャレンジから遠ざかっていく。
大橋 なめて始める。いい意味での読み間違いというのがいいんじゃないかと。始めてみたらすごく大変だってことになっても、そこに惹きつける魅力があったらそれでもやるし、そうでなかったら、キツいだけだからたぶんやめるだろうし。
山口 禅太郎さんの過去を振り返らせていただくと、その連続でここまで来たんでしょうね。今日はそんな禅太郎さんの魅力が垣間見えました。
禅太郎さんの、人生の凄さ、面白さの原点が味わえました。素晴らしいです。
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