ニナー選手&村上コーチに訊く
躍進の理由と強さの秘密。
WTCS横浜エリートレースの翌日5月18日、横浜みなとみらい象の鼻テラスで、東京&パリ五輪日本代表のニナー賢治選手と村上晃史コーチによるトライアスロン・トークが開催された。
ニナー選手が日本代表としてふたつのオリンピックに出場するまでの道のり、ジャイアント・プロペルとトリニティのインプレッション、さらには村上コーチによるエイジグルーパーへのトレーニングのアドバイスやドリルの実践まで、多岐にわたる内容から、エイジグルーパーも気になる・学べる要素を一部、ご紹介しょう。
Photographs by Kiyohiro Kazuma & Kenta Onoguchi
パリ五輪後2年間は
冒険をして可能性を探る時期
――まずはニナー選手、WTCS横浜大会の振り返りをお願いします。
ニナー
今回の横浜は苦しいレースになりました(※日本勢トップの22位ながら、昨年記録した自己最高位7位を大きく下回る結果に)。
スイムは波とバトルで、かなり苦しい展開でした。バイクは雨と風というタフな条件の中でしたが、7周回目に先頭集団に追いつけてランにつなげられたのはよかったと思います。
ただ、ランへのダメージはあったのかもしれません。思ったよりスピードが上がらず、良い結果につなげられませんでした。今年1~2月は陸上の実業団チーム(九電工)の練習に参加させてもらい、かなり良い練習ができていたし、直前の湯の丸高原での練習もうまくいっていたので、今回何が足りなかったのか、コーチとよく考えたいと思います。
Kenji Nener
オーストラリア人の父と日本人の母をもつトップトライアスリート。日本代表として東京・パリ2大会連続でオリンピックに出場。今季はロスに向けた世界転戦に加えIRONMAN70.3やT100などミドルのプロシリーズ参戦で注目を集めている。NTT東日本・NTT西日本所属。
――村上コーチはこの結果をどう考えていますか?
村上
九電工との練習では、1万メートルを28分10秒ぐらいで走れるレベルの練習ができていたと、先方のコーチにもお墨付きをもらっていたのですが、走力が急に上がったのと、これまでスプリントディスタンスとオリンピックディスタンスを主戦場にしてきた選手が、急にハーフマラソンやクロスカントリーレース、そしてIM70.3といった距離に挑戦したことでバランスが崩れた可能性があります。
WTCSという世界トップレベルの舞台では、少しのズレで差がでてくるものです。
パリ五輪が終わってからの2年間は、いろんな冒険をして可能性を探る時期として位置付けていて、今はその過程の中で大会に出ています。今やっていることが結果に結びつくのはもう少し先になると思います。
Koji Murakami
宇都宮村上塾代表。プロコーチ。アメリカでトライアスロンのコーチングを学び、1993年に帰国。2002年に宇都宮村上塾を設立。多くの日本代表を輩出した。2011~2016年までJTU情報戦略・医科学委員長を務め、東京五輪に向けた男子トライアスロンの強化戦略を立案。ノルウェー代表チームと合同合宿を重ねながらそのトレーニングメソッドを導入した。東京・パリ五輪後も引き続きニナー賢治選手の指導に当たっている。
新型トリニティはAve45㎞/hで
90㎞走れる間違いなく「速いバイク」
――今回の横浜ではエアロロードのジャイアント・プロペルで、昨年末のIM70.3ジーロングではTTバイクのジャイアント・トリニティで出場していましたが、それぞれのインプレッションをお願いします。
ニナー
プロペルはハンドリングが非常に良くて、オールラウンドなバイク。軽量なのに剛性も高く、レスポンスも最高です。
今回はフレームサイズをひとつ落としてSサイズにしたんですが、ハンドリングがさらに良くなり、ターンやコーナーが多い横浜のコースにぴったりでした。

イベント会場では、ニナー選手が前日のWTCS横浜エリートレースで駆ったGIANTプロペル(=写真)や、トリニティの実車も展示された
ホイールは今回50mmリムでエアロスポークのCADEXを使いました。他社製を使う選手はエアロスポークなしの60mmリムが多いんですが、僕はこの50mmとエアロスポークが最高の組み合わせだと思います。
トリニティはIM70.3ジーロングで、初めて実戦で使いました。90kmで2時間、アベレージ45km/hでの走行を可能にする、間違いなく速いバイク。
ホイールは、フロントはCADEXのバトンホイール、リヤは今年リニューアルしたディスクを使いました。より軽量になり、エアロ性能も高まっています。
納車されて初めて乗った時も、強風が吹いてたんですが、安定感があって安心して乗れました。
▶関連記事:世界を戦うニナー賢治が選んだGIANT最速の2台とは?
ニナー賢治が「日本代表」として
躍進できた理由とは?
――ニナー選手はジュニア時代オーストラリアで競技をしていて、その後日本に来て強くなったという印象があります。どのようにして強くなってきたのでしょうか?
村上
賢治はジュニア時代からU23まで、オーストラリア代表選手として活躍するトップ選手でしたが、エリートになってから伸び悩んでいました。
一方で、日本のトライアスロン界は東京五輪に向けて厳しい状況にありました。2017年にパトリック・ケリー氏をヘッドコーチとして招聘し強化を図るなかで、日本人選手だけでなく、日本にルーツをもち海外で活躍する選手を探してはどうか、という話になり、賢治がその候補として浮上しました。
連絡をとってみると、トライアスロンに見切りをつけて銀行に就職を決めたところだったんですが、そこを説得して日本に来ることになったのです。
日本代表になるということは、国籍を日本に変更するということです。いくらお母さんの祖国だとはいえ、オーストラリアで生まれ育った賢治にとっては大きな決断でした。
何が変わったのかといえば、その覚悟でしょう。「必ず強くなってオリンピックに出る」という覚悟、それが彼を変えたのだと思います。

© Sho Fujimaki
ニナー
家族も友達もいない東京にひとりで来て、文化も違うなかで我慢しなくてはいけないことも多かったのですが、それによって覚悟ができたと思います。
子どもの頃にシドニーオリンピックを見て、いつか自分も出たいという夢をもちました。その夢を実現するために日本代表になると決めたことは、正しい決断だったと思います。
――オーストラリアと日本、何が一番違ったのでしょうか?
ニナー
覚悟をもって取り組んだこと。それと、いろんな人にお世話になりました。ひとりでは何もできなかったと思います。
また、パトリックのアプローチも、オーストラリアでやっていたものとはまったく違いました。彼のやり方はノルウェー式に近く、高強度トレーニングは全体の20%ほどで、あとはベーストレーニングでした。
村上
さらにもうひとつ、大事にしてきたのはスピードを出すための技術を習得することでした。
最初はスイムの技術に集中しました。トライアスロンスイムでは、入水直後のキャッチから45度ぐらいまでの間にすべてが決まってしまいます。その部分の修正を集中的にやった結果、東京五輪の1年前ぐらいから、スイムでは必ず第1集団で上がってこられるようになりました。こういった技術に関する考え方がパトリックと私で一致していたのも良かったと思います。
その後、ノルウェーのチームと一緒にやるようになり、科学的な根拠に基づいて練習の強度を決めていくようになりました。その手法も賢治が伸びた大きな理由です。
「ノルウェー式」を
エイジが取り入れるには?
――ベーストレーニングの割合が大きいノルウェーメソッドはかなり認知されてきた印象がありますが、エイジグルーパーにも有効なのでしょうか。
村上
ノルウェー式の肝は総練習時間をどれくらいとれるかにあります。低強度8割という割合だけ取り入れてもあまり意味がない。
1週間に30時間以上、多い時で38時間というハイボリュームを確保する必要があり、仕事をもちながらだと、これはほぼ不可能だと思います。
ニナー
プロの練習は1週間に最低でも30時間。ノルウェー式はさらに長い。だからエイジグルーパーがそのままやるのは難しいと思います。
――では、トータルの時間を増やせないエイジはどうすればいいのでしょう?
村上
大事にすべきは速く動かすための技術。スピードを出せる動作をしているかどうかです。
例えば身体が後傾して後ろに重心があったら速く走れないけれど、足の親指の付け根に重心をもってくれば速く走り出せる。
時間がとれない平日はそういった技術を磨く時間にあてて、土日にボリュームを稼ぐ、という考え方がエイジには合っていると思います。
ニナー
水泳は心拍数を上げてもあまりダメージが残らなので、高強度トレーニングとしてうまく取り入れていくといいと思います。
あとは村上さんの言うように技術。技術がないとスピードは上がりません。技術取得に集中するとタイムも伸びる。
もちろん、苦しい練習をすることでもタイムは伸びますが、ケガのリスクがあります。故障しないためにも技術習得は大事です。
村上
頑張っているエイジグルーパーは睡眠を削ってトレーニングにあてる人も多いと思いますが、睡眠を削ると故障のリスクは高まります。
頑張って練習しても故障を繰り返すと練習が途切れてしまい強くなれない。効率的に時間を使うためにも、故障を防ぐためにも、動作習得に重点を置くことをおすすめします。
すべてはオリンピックで
メダルを獲るために
――最後に皆さんへ、ひとことお願いします。
村上
日本のトライアスロンはかなり危機的な状況にあります。オリンピックでメダルをとれるレベルにまで引き上げなければいけません。
まずは日本人選手が世界で戦える状態にしていないと。私たちは賢治と一緒にそこを目指して取り組んでいます。ぜひ今後とも応援よろしくお願いします。
ニナー
トライアスロンは面白く、やりがいのある競技です。東京とパリに出て、子どもの頃の夢は果たしたけれど、まだメダルをとっていない。どこまでやれるかわからないけれど、メダルをとるためにまだ頑張ります。今日はありがとうございました。
***
トーク後には動作改善のためのドリルを参加者全員が実際にやってみるコーナーも。
スイムのドリルでは、頭からヘソ下の丹田の奥まで1本の串が刺さっているような意識で、頭がブレないように固定したまま肩を交互にローリングさせ、段階的に腕、そして足の動きを加えていくもの。毎回泳ぐ前に鏡を見ながらこれを行うだけで泳ぎが変わっていくとのこと。

頭からヘソ下の丹田の奥まで1本の串が刺さっているようなイメージで、頭がブレないよう固定したままローリング。これをスイムのストローク&キック動作につなげていくドリルなど、村上コーチおすすめのドリルをいくつか参加者全員で実践するコーナーも
ランでは効率的に前に進むためのドリルを紹介。片方の足が接地した瞬間に逆の足をポンと上げるこのドリルは、ニナー選手も時間をかけて繰り返すことで、効率良く速く進む走りを習得していったという。

ランの動きをつくるドリルは、ニナー選手も地道に繰り返し、効果を実感するに至ったという
▶関連動画:トライアスロン日本代表エースの躍進を支えた「村上式《動作改善》体操」
ニナー選手&村上コーチへの
一問一答
イベント終盤には参加者からの質問に答えるコーナーも設けられた。
Q1 オンとオフの切り替えはどうしてますか?
ニナー
僕の場合、大事な試合の前は1カ月、2カ月ずっと集中して試合のことを考えています。どうやって良いパフォーマンスを出すか、そのことばかりずっと考えていて、あまりオフがない。
そうやっていると頭が疲れてくるので、そういうときは、音楽を聴いたりして休めるようにしています。

イベントの最後には、じゃんけん大会や記念撮影の時間も設けられ、ニナー選手と直に交流できる貴重な機会に。本イベントオリジナルのポストカードやクリアファイル(参加賞)にサインをしてもらう参加者も
Q2 T100サンフランシスコではかなり水温の低い中で泳ぐようですが、低水温対策はどうしていますか?
ニナー
サンフランシスコは水温13〜15℃とこれまで体験したことのない低さなので、ネオプレーンキャップ、手袋、ブーティなどの装備を整えて挑みます。大会側に確認して、装着OKとの回答を得ています。
Q3 高強度トレーニングを勧められているのですが、年齢が上がってくると心拍数があまり上がらなくなるようです。短時間で心拍数を上げるトレーニングがあれば教えてください。
村上
心拍数は生理学的に年齢を重ねると上がらなくなります。また、個人差も大きいので、あまり気にしないほうがいいと思います。
それよりも主観的運動強度(RPE)という指標をおすすめします。
ものすごく楽な1から、非常にきつい・限界 10までの10段階で運動強度を主観的に評価し記録していくものです。最初はわからなくても続けていくとかなり正確に評価できるようになります。
プロの場合は乳酸値を測ったりするんですが、その値とも一致してくるようになります。
頑張る練習は7以上。「今日はRPE8でインターバルをやろう」とか、「RPE2で入って最後8までビルドアップして終わろう」といった感じで、この指標を使って練習内容を組み立てていくことをおすすめします。