
人類初のマラソン2時間切りを果たしたサウェ。エンデュランス競技界で近年最注目のトレンドとされるガットトレーニングを効果的に取り入れていたことが話題を呼んだ
ADVANCED TRIATHLON 強くなるための最新アプローチ
内臓(腸)を鍛え、時間あたりに摂取・活用できる炭水化物の量を増やしていくという「ガットトレーニング」、トライアスリートのための実践ガイド
文=東海林美佳
Text by Mika Tokairin
写真=小野口健太
Photographs by Kenta Onoguchi
Gut Training 腸を鍛える、最新補給戦略
近年、マラソンやアイアンマンといった持久系競技の高速化が進んでいる。
バイクに秀でた選手が先行逃げ切りを図るもランで潰れてリタイア、というかつてよく目にしたパターンは今ではほぼ見ることがなくなり、今やバイクでコースレコードに近いタイムを叩き出した後にランを高速で走る選手が上位を独占している。その大きな要因のひとつが補給戦略である。
今年4月にロンドンマラソンで記録された、ケニアのセバスチャン・サウェ選手による人類初、公式戦での2時間切り世界記録を受けて、先日、マウルテン社のベン・フリンツ氏による
「ハイスピードマラソン時代の補給戦略」と題されたウェビナーが開催された。その中でマウルテンがサウェと1年にわたって取り組んできたガットトレーニング(腸トレーニング)の詳細が公開された。
トライアスリートにも役立つ貴重な内容満載だ。世界のエンデュランス競技界で今もっとも熱いトピックをお届けする。
ベン・フリンツ氏ウェビナー
「ハイスピードマラソン時代の補給戦略」
世界初サブ2マラソンはいかにして実現したか
――このレースを純粋に補給という観点から解説してください。
ベン・フリンツ(以下、BV)マラソンはかつて、疲労をマネジメントしてゴールするという競技でした。先頭集団からひとりずつ脱落していき、疲労と枯渇感に最もよく耐えた人が勝者となる。
でも今は、スタートからゴールまでできる限り高いスピードを維持することが勝利の条件となっています。
これは大きな転換です。そして、スピードが上がれば上がるほど消費エネルギーも増える。つまり、補給の重要性はかつてないほど高まっているのです。サウェ選手は1時間あたり約115gの炭水化物を摂取し続けるプランをかなり確実に実行しました。
これは従来の上限とされてきた1時間60〜90gをはるかに超えています。そしてこれは運ではなく、12カ月間の準備、ガットトレーニングの成果です。
――炭水化物の摂取量とスピードは関係するのでしょうか?
BV これらには直接的な関係があります。マラソンのような高強度の持久系競技では、筋肉の主要なエネルギー源は炭水化物であり、それが尽きるとペースが落ちます。例外はありません。
競技中に炭水化物を補給することで、筋グリコーゲンの枯渇を遅らせ、後半のペース維持を助けます。
レース中に利用できる炭水化物の総量が、レースの最終結果を左右するのです。かつてはレース後半になるにつれてアスリートの身体は炭水化物から脂質燃焼に移行していくのが見られました。
脂質燃焼と炭水化物燃焼の両方のシステムは常に働いていますが、炭水化物がより多く利用可能な状態であれば、身体はまず炭水化物から燃やそうとする傾向があります。つまり、炭水化物の摂取量が多ければ利用できる燃料も多くなる。
だからこそ1時間90g(アメリカスポーツ学会推奨値)とサウェ選手の1時間115gとでは差が出てくるのです。彼が終盤でペースを落とさなかった理由のひとつは、腸がずっと充分な量の炭水化物を吸収し続けていたからなのです。

腸は鍛えられる
――そもそも腸を鍛えることは可能なのですか?
BV 可能です。筋肉と同じで腸も繰り返しの刺激に適応するからです。腸内にはSGLT1とGLUT5という炭水化物の輸送体があり、継続的に炭水化物摂取を繰り返すと増加し、吸収能力が高まります。
研究によれば、2週間このガットトレーニングを行うだけでも、胃腸の不調を平均47%軽減し、炭水化物の吸収をほぼ50%改善することがわかっています。サウェ選手はこれを長期間トレーニングに組み込み、最終的な数値に到達するまでに12カ月以上かかっています。
この適応プロセスを積み重ねることによって1時間115gが可能となったのです。覚えておいて欲しいのは、目的は数字ではなく、トレーニングを積み重ねて身体を適応させるということ。これは、あらゆるトレーニングと同じ原則です。
――サウェ選手の補給戦略の背景にはどんな技術があるのでしょうか?
BV マウルテン独自のハイドロゲルテクノロジーがガットトレーニングを可能にしたと言えるでしょう。これは、炭水化物をハイドロゲルで包み込むことで胃を素早く通過し、吸収器官である小腸へより早く届けることができる技術です。
吸収は胃ではなく小腸で起こります。胃に長時間止まらないため、高強度活動時でもGI(消化)の不調は他の製品と比べてはるかに起きにくくなるのです。これにより、炭水化物を安定して大量に腸に届けることができ、腸がそれを吸収・燃焼できるようトレーニングができるのです。

ガットトレーニングの始め方
――では、どのようにガットトレーニングを始めればいいのでしょうか?
BV 完全にゼロからの場合は、練習前にジェルを1本摂取して、味や胃の感触を確かめるところから始めてみてください。その後は段階的に上げていきます。まず1時間45gから始め、その後1時間75〜80gの段階へと移行します。
そして最終段階では個人的な限界を見極めるのが目標になります。指標となるのは、胃腸の不調なく練習を完了できたかどうか。
途中で起こる小さな不調は許容範囲。また、大きな不調があってもそこで完全にやめず、少し量を減らしながら続けてください。
同じ量で数週間問題なく補給できたら次の段階へと進めていきます。
――すでに補給は行なっていて、ガットトレーニングで本格的に摂取量を増やしたい場合はどうですか?
BV まずは自分の現在地と目的地を理解することです。レースで実際に1時間あたり何g吸収しているのか。その数字が自分の経験からわかっているなら、そこがスタート地点です。
ベースづくり期間が始めどき
――では、いつ、どんな練習で取り入れるべきでしょうか。
BV なんであれ新しい試みを取り入れるのは、レース直前ではなくトレーニング期間の序盤、ベースづくりの時が最適です。低強度のロングランやロングライドの時に徐々に摂取量を増やしていってください。
補給に関する練習日誌をつけることも大切です。練習内容や距離、強度、タイムなどと共に何をいつどれだけ摂取したかも記録していけば、不調があっても客観的な判断ができます。1度の失敗で決めつけず、長期間観察した後に評価を行うべきです。
また、補給が練習の質を向上させることもあります。体内に炭水化物が充分に入っているため、より深く追い込めて、リカバリーも速くなる。これはガットトレーニングのポジティブな副産物だと思います。

アイアンマンのランではMaurtenドリンクミックスのボトルで補給しつつレースを運ぶ選手が増えたが、大事なのは普段の練習から実践していること
レース直前から当日の補給プラン
――レースでの補給プランを前日から順を追って教えてください。
BV まずカーボローディングですが、大会の72〜48時間前から始めて体重1㎏あたり8〜10gの炭水化物摂取を目標にします。これにはマウルテンのドリンクミックス320が役立ちます。
レース前は本番に向けて練習量を落としていくため、その分筋肉に炭水化物が蓄えられグリコーゲンが補充され始めます。トレーニングを減らすだけでカーボローディングが起こっているわけです。
レース当日は、まずは身体に一日の始まりを知らせるための軽い朝食をとることをおすすめします。その後、スタートまでの時間にさらに補給します。
朝食後もウォームアップなどでエネルギーを消費するからです。燃料満タンの状態でスタートラインに立つことを目指しましょう。ドリンクミックス320を使って水と組み合わせることで水分の吸収もできます。塩分同様、炭水化物も水と組み合わせることで両方の吸収が良くなります。
レース中の補給はペースによって変わります。トップ選手とアマチュア選手では炭水化物と脂質の燃焼の比率に大きな違いがあるので、必要な補給量も異なってきます。通常1時間に60〜120gという範囲になりますが、120gは一部のプロ選手の場合で、初心者は適度に抑えるべきです。
レース直後の補給も重要です。ゴール直後は興奮や疲労困憊で忘れがちですが、30分以内に水分と炭水化物を組み合わせて摂ることが有効です。ドリンクミックス320でも、アップルジュースでも、その時に身体が受け付けるものならなんでも構いません。それが、リカバリーの第一歩となります。

酷暑下ではより多くの炭水化物が必要
――暑くて湿度の高い環境でレースするときの重要な条件は何ですか?
BV 暑い環境では発汗量が増え、失った水分を補給する必要があります。ただし失った分全てを補給すべきなわけではなく、失った量の50〜70%が目安とされています。失う水分の一部は、筋肉から放出されたグリコーゲンに由来するものだからです。
グリコーゲン中の炭水化物1gには3gの水が蓄えられていて、筋グリコーゲンを燃やすだけで水分補給もしていることになります。ただし過度に高温多湿の環境下でより水分を摂る必要がある場合は、必要な炭水化物量に加えて水分量を調整します。
ただマウルテンのドリンクミックスで注意して欲しいのは、必ず500㎖の水で溶かすことです。濃度を薄めると、ハイドロゲルの効果が低下してしまいます。ドリンクミックスにはもともと塩化ナトリウムが含まれていますが、さらに塩を少量加えることをお勧めします。
電解質タブレットはあまりお勧めできません。そこに含まれる様々なミネラルが胃にどう影響するかわからないため、胃の排出速度に影響する可能性があるのです。
昨年の世界陸上では私も東京の過酷な暑さを身をもって体験したので、それがどれほど厳しいかはわかります。酷暑においては、炭水化物の利用が増加します。暑い環境で筋肉はより多くの炭水化物を使うのです。一方で消化機能が低下し、胃腸は通常時ほど炭水化物を吸収できなくなります。
つまり炭水化物がより必要な一方で、吸収できる量は減る。なので暑い環境でガットトレーニングを実践することが非常に重要となります。
――腸トレーニングで得られる最大値の目安は1時間120gとのことですが、それを超えた選手はいますか?
BV トライアスロンのバイク区間で1時間に240gを摂取した選手もいました。しかし実際の吸収率を測定すると、その数値よりかなり低く出ました。おそらく後の段階で吸収されていたのでしょう。この選手は1時間あたり170~190gの炭水化物を実際に筋肉で燃焼していました。
これは驚異的な数字です。こういった極端な例は好奇心をそそられますが、最も重要なのは数値ではなくその過程です。
――補給に関して、よくある間違いを教えてください。
BV ありがちなのが、レース当日だけ補給するというケース。または、レース当日だけ摂取量を増やそうとすることです。腸が適応していないので、不調はほぼ確実に起きます。これは、あらかじめ腸をトレーニングしておくだけで簡単に回避できる問題です。
もうひとつは、ガットトレーニング期間中、不調が現れたのを理由に完全にやめてしまうことです。多少の不調は適応過程の一部。高強度の練習が辛いのと同じことです。それを感じたら量を少し減らしながら続けてください。やめてしまうことは、適応の機会を失うことになります。テスト期間が終わる前に「自分には合わない」と結論を出すべきではありません。
【国内エイジ最速アイアンマンの実践例】
SUB9×2を実現させた、
日本のトップエイジの現実的ガットトレーニング

菊池朋明さんTomoaki Kikuchi
低強度長時間など科学的アプローチで実力を伸ばし、2024年IMハンブルクで2度目のSUB9、国内エイジ歴代最速の8:32:03という記録を打ち立てた。
アイアンマンのラン後半
身体の中は全然辛くない
――菊池さんがガットトレーニングを知ったのはいつ頃ですか?
3年ほど前です。海外のスポーツ栄養情報に詳しい人に「その体重だったら1時間に90gぐらい摂ってないと」と言われまして。その年のレースで摂取できてたのが50~60g、それでは足りないと指摘されたのがきっかけで、糖質(=炭水化物)摂取量を増やすことを意識し始めたんです。マウルテン自体はそれ以前から使っていて、補給自体の失敗はなくなっていたのですが、摂取量に関しては、当時はエネルギーが枯渇せずにゴールできればいい、くらいに考えていました。
――レースでのスムーズな補給はできていた中で、ガットトレーニングを知ったわけですね。取り組んだ目的は?
そこに希望というか、伸びしろを感じてやってみたくなったんです。レース中、エネルギーが枯渇していく感覚ってあるじゃないですか。少しずつハンガーノックになっていくような不快感。レースの後半に向けてその感じがどんどん増えていくんですけど、ちゃんと糖質を入れるとそれが消える。レース後半、筋肉は辛いけど、身体の中は全然辛くない、みたいなことがハンブルクのランの時に感じられて、「ああ、これはいける」と確信がもてたんです。
練習でのマウルテン補給で
糖質摂取量は自然と増やせる
――どのように実践していますか?
まずは1週間ごとに1時間あたりの摂取量を10gずつ増やしていくというアプローチをとりました。
それまで1時間に炭水化物約40gのマウルテンジェル160を1本摂ってきたなら、50分に1本にするというようなやり方で、3週間で80gまで増やしました。ただ、それを超えるとお腹がいっぱいになりすぎて、これ以上は無理というラインにすぐ到達してしまったんです。そこで1回挫折してます。
――その要因はなんだと思いますか?
急速に増やそうとしたことですね。胃腸のキャパシティはそんなに急には伸びないんだなと思いました。そこからは無理に増やそうとせずに、3時間以上の練習ではレースと同じ補給をする、ぐらいの感覚で1年半ほど継続していったら、炭水化物摂取量が自然に増え、2年で90g、そこからさらに1年後、昨年のIMジャパンの時までには135gになっていました。
――一度挫折してもアプローチを変えて続けようと思ったのはなぜ?
糖質回路を回してレースをすることに興味があったんです。ちょうどその頃、プロの選手たちの炭水化物摂取量が90gぐらいから150gになって、それを知って自分もやってみたいという気持ちになった。
意識して増やしたのではなく、週1回の長時間練習でマウルテンの補給を続けていったら自然と上がっていったんです。

――量を増やすことは意識している?
意識するというほどではないんですが、ボトル1本を飲み切るまでの時間が徐々に狭まっていく感じです。1時間に1本飲みきっていたのが、50分で1本飲み切れるようになり、それが45分になっていくといった具合に。
――目標数値は決めていますか?
「最低限ここまで摂ろう」ぐらいのアバウトさです。メンタル的なプレッシャーがあまりかからない範囲で目分量で増量。使ってるのはドリンクミックス320とジェル160。特に320は1袋でジェル160の2本分をラクにとれるのでありがたい。このおかげで摂取量を増やすことができていると言っても過言ではありません。これは本当に革命だと思います。
――糖質摂取量を増やせるようになったことで体感しているメリットは?
アイアンマンで補給の成果が顕著にわかるのがランですが、これまであったエネルギー枯渇感がなくなりました。
――これからガットトレーニングを始めたい方々にアドバイスを。
炭水化物入りドリンクが苦手という声はよく聞くんですけど、徐々に慣らしていくことで改善されていくと思います。例えばよりサラッとした飲み心地のドリンクミックス160から始めるとか。これを使えるようになると、ガットトレーニングもレースでの補給も相当ラクになります。
パフォーマンスアップを狙って補給に取り組みたいと考える人は、ぜひドリンクミックスを武器にしてもらいたいですね。
【Gut training】腸を鍛え糖質摂取量MAXを高める!~アイアンマン国内最速エイジの実践例


















