走りの概念が変わる!? ランフォームチェック
ランが苦手な人はもちろん、「うまく走れている」と思っている人でも、効率的なフォームで走れている人はごくまれ。そこでKONAチャレンジ協力施設で、多くのランナー、トライアスリートを指導する「スポーツサイエンスラボ」の三田裕介さんに、効率的な走りのポイントや、トライアスリートにありがちなランニングフォームの改善法を教わった
取材・文=原 修二
写真=播本明彦
※この記事は雑誌『Triathlon Lumina』掲載記事を編集・再録したものです。詳しくはTriathlon Lumina11月号をご覧ください。
Yusuke Mita
2010年早稲田大学競走部メンバーとして大学駅伝三冠に貢献(出雲・ 全日本・箱根)。卒業後、実業団(JR東日本、NTN)で活躍。2017年SPORTS SCIENCE LABを設立し、代表に就任。KONAチャレンジのランニングコーチでもある。1989年、愛知県生まれ。
より効率の良い走りを目指して改善していくことが必要
「陸上長距離とトライアスロンの走りは違う」と多くのトライアスリートが考えている。しかし、スイムとバイクで疲れていても、できる範囲でより効率の良い動きをすれば、それだけ楽に速く走ることができる。
「走り方は人それぞれ違っていい」ランナー、トライアスリート一人ひとりと対話しなから、その人にとって効率の良い走り方を見つけていこうというのが、三田裕介さんの指導法だ。
「『これが唯一絶対に正しいランニングフォームだ』というのはありません。たとえばケニア人の世界記録保持者の走り方がアマチュアランナーに合っているわけではありませんし、そのまま真似しようとしても不可能です。
走り方は人それぞれでいい。また、トライアスロンではバイクで脚が疲れた状態で走るわけですから、走り方も自ずと変わってくるでしょう。効率良く走るというのは、同じスピードをより小さな力で出せる走り方をすることです。同じ力を出すなら、もっとスピードが出せる走り方でもあり
ます」(三田さん・以下同)
80%の人が自分の走りと
イメージのギャップに驚く
効率良く走るためには、まず動きのメカニズムを理解すること、そして自分が今どんなフォームで走っていて、どこに改善の余地があるかを知ることが必要だ。三田さんはランニングの指導をするとき、動画を撮り、自分の走りを見て、あるべき動きとの違いを感じてもらいながら、走りの改善をしているという。
「自分の走りのイメージと、動画で見る実際の自分の走りがあまりに違うのでびっくりする人が80%くらいはいます。たとえば『身体を前傾させて』と言われて、自分では前傾させているつもりでも、動画では全然前傾していないといったことがよくあります。逆に言うと、動画で客観的に見て走りが変わっているときは、本人の感覚では走りの概念が覆るくらい劇的に変わっています。
まず自分の現実の走りとあるべき走りのギャップに気づき、このギャップを埋めていくことが、走りの改善ということだと思ってください。自分の走りだけではなく他人の動画を見ることも重要で、自分と比較することができ、より客観的に見る視点が養われます」
効率の悪い走りは
接地時間が長い
効率の良い走りができていないランナーやトライアスリートの走り方には、大きな特徴があると三田さんは言う。それは接地時間が長いことだ。着地したときに、体重がその足に乗らず、後ろに残っている。こういう走りでは、動作が次のような2ステップ(2段階)に分かれる。
<1ステップ>身体より前で着地する〈2ステップ〉体重を脚で受け止めながら、脚の力で前へ身体を前へ運ぶ。
こういう走り方をする人は、身体が前傾せず、垂直に立っている。「この2ステップの走り方では、着地の衝撃・体重を脚で受け止め、脚の力で身体を前へ運んでいるわけですから、それだけ脚の筋力を使います。
これに対して効率の良い走り方はというのは1ステップです。2ステップの走りが、着地時間を長くとる「面」「線」の着地だとしたら、1ステップの走りの着地は「点」、一瞬です。だから筋力をそんなに使わない。身体を前傾させ、重心の真下から少し後ろで着地し、着地の瞬間に身体を前に弾ませる。身体を前傾させることで、重心が移動しようとする。重心の移動によって自然と前に進んでいく感覚です」
大腿筋ではなく大殿筋で
身体を支える
使う筋肉も違ってくる。2ステップでは主に大腿筋、太ももの筋肉を使うが、1ステップの走り方では大殿筋、お尻の筋肉を使う。それもお尻の筋力で身体を前へ押し出すというより、着地の瞬間、体重を大殿筋で支える感覚だ。それだけで身体は前へ弾んでいく。しかし、脚の力で走っている人は、太ももの筋肉、大腿筋で体重を受け止めているので、お尻の筋肉、大殿筋を使うという意識がない。「お尻で支えて」と言っても、その感覚がないので、力を入れることができないという。
「走りの動作だけ改善しても、着地の瞬間お尻に体重が乗れていないと、効率的な走りのメカニズムは生まれません。まずお尻、大殿筋を使うドリルをやってもらい、大殿筋で支える感覚をつかんだところで走ってもらう。一度でお尻を使う走りができることはまずありませんから、何度もドリルと走りを繰り返します」
言葉と動画と実走を繰り返しながら改善
三田さんのランフォーム改善は、基本的に次のような5つの段階を踏みながら進められる。
②より効率的に走るためのポイントを言葉で説明し、理解してもらう
③基本的な動き作りのドリルから走りまでを繰り返す
④動画を見ながら自分の走りをチェックし課題を確認
⑤実走と動画チェックによるすりあわせを繰り返す
「人によっていろいろなクセがありますから、改善法もそれぞれ変える必要があります。中には長年そのクセが染みついてしまって、なかなかとれない人もいます。そういう人の場合、動画を見て、動きの改善点が分かっても、それを指摘されただけでは変えていくのは難しい。走りながら自分であるべき動きを意識し、どうしたらその動きができるかをイメージしていくことが重要です。
たとえばKONAチャレンジ企画(※)のプロジェクトリーダーである竹谷賢二さんは元々身体の前で着地して脚の力で身体を前に運ぶ、典型的な2ステップの走り方をしていたとのことです。しかし、自分がどういう動きをしていて、その原因が何かを理解し、こういう動きに変えていきたいという意識をもち、そのためにどうしたらいいかを考えながら常に走ることで、徐々に着地が改善されました。竹谷さんの走りの改善方法は、多くのトライアスリートの参考になると思います」
トライアスリートにありがち
あなたはどのタイプ?3つのフォームパターン
効率の良い走り方のポイントが分かったところで、トライアスリートにありがちなクセのパターン別に、非効率な走り方をどう改善していったらいいか見ていこう。ここで取り上げるのは、三田さんが日頃よく見るという典型的な3つのパターン
《Type1 上体が直立・上に跳んでいる》
前傾ができず、走るために前へ身体を押すべき力が垂直に働いて一歩ごとに上に跳ねてしまう走り方。上に向かう力を前に向ければいいので、比較的改善しやすい。
まず上半身を前傾させて走ってみよう。上に向いている力が前に向くので、勢いがついてスピードが出過ぎることが多い。前につんのめって転ぶ人もいるので要注意。「それまでの走りと同じ力の出し方をしてしまうと、無駄に上へ向かっていた力も前に働くので、ものすごいスピードになってしまうわけです」
いきなり前傾させた姿勢で走るのは難しいので、三田さんは次のようなドリルをやってもらい、そこから走りへと移行していくという指導をしているとのこと。この前傾ドリル➡走りを繰り返しながら自然と前へ進む感覚をさらにつかんでいく。慣れてきたら、今度はスタートから前傾姿勢で走り、上に跳ねていた身体が跳ねなくなり、楽に前に進む走りの感覚をつかんでいく。動画を撮り、自分の走りをチェックし、自分の感覚と照らし合わせていくと効果的だ。
効率の良い走り方は着地が一瞬なので、バランスをとるのが難しい。スピードが出れば出るほど、バランスの維持は難しくなり、筋力を使ってブレを補正してしまう。大切なのは無駄な力を抜き、バランスがとれる適度なスピードで、走ること。
「一度にできるようになるわけではありませんから、自分に合った前傾の角度や力の抜き方、スピード、バランスのとり方など、何度もトライしながら探っていきましょう。きっと驚くほど楽にスピードが出せることが少しずつ分かってくるはずです。そうなると走ることが楽しくなり、より一層効率の良い走りを追求したくなります。そうなったらしめたもの。上達すればさらにスピードを上げても、バランスを崩さず、楽に走れるようになっていきます」
▼前傾ドリル
《Type2 上体より足が先に出してしまう》
身体の前で着地するため、一歩ごとに前へ進む動きにブレーキをかけてしまう。ジョガー、市民ランナーに見られる典型的な2ステップの走り方。動きの非効率性を説明すれば理解はできるが、実際に効率的な動きをやってみようとすると、頭に動きがついていかない。動きと筋肉の使い方を身体に刷り込ませる必要がある。
タイプ❷の人の改善もまず前ページの前傾ドリルから始める。ドリルから走りへの移行も同じ。ただし、前に足を出してブレーキをかけてしまうクセは、タイプ❶の上に跳ねる人のクセよりも抜けにくい。お尻の筋肉を使うという感覚も合わせて身につけていく必要がある。そのため、動画で走りをチェックしながら自分の感覚と客観的な動きを一致させていくだけでなく、お尻の筋肉に刺激を入れるためのドリルを行う。
お尻の筋肉を使う感覚をつかんだら、身体の真下よりやや後ろで着地することを意識しながら、前傾の走りを繰り返す。前で着地していたときのブレーキがなくなった分、スピードが出るので、タイプ❶と同様に無駄な力を抜いて楽に走る感覚をつかんでいく。
「このタイプの人は無意識のクセが多く刷り込まれているので、微妙な変化をつかむのが苦手です。そういう人にはあえて極端な動きをやってもらうと気づきが起きやすいようです。たとえば足を前で着地しないために、重心のやや後ろではなく、極端に後ろで着地して、飛脚のように後ろへ大きく脚を跳ね上げるような走り方をしてもらうといったことをやっています。そのくらい極端な動きをすることで、初めて前で着地してしまうこととのギャップを感じることができることもあるんです」
▼お尻に刺激入れドリル
▼階段ドリル
《Type3 腰掛けているような姿勢で走る》
椅子に腰掛けているような姿勢で、腰が沈んでいる。体重を支えるために太ももの筋力を使い、動きが窮屈なためにスピードが出ない非効率的な走り方の典型。走歴が長い市民ランナーやトライアスリートに多く、人それぞれ独特のクセがある。自分では楽で効率的な走りができていると思っている人も少なくない。お尻の筋肉を使うのが一番苦手で、改善に最も時間がかかる。
椅子に腰掛けているような姿勢で、腰を落として走るランナーは意外に多い。走歴の長いランナーによく見られるタイプでもある。腰を落としている分、体重を支える力が必要なので、無駄な力を使う走りになるが、当人はバランスがとりやすく、楽な走り、効率の良い走りをしていると思っている。
ストライドが長い人はすり足気味になりやすく、上体をねじったり、腕を大きく動かしたり、客観的に見るとかなり奇妙な動きをしていることが多い。ストライドが短い人は主にふくらはぎを使うチョコチョコ走りになりやすく、疲れない走りをしていると思っているが、スピードが遅く、使っている力のわりに効率が悪い走りになっている。
「このタイプの人は自分の感覚と実際の動きのギャップが一番大きく、前傾の走りやドリルをやる前に、まずこのギャップに気づいてもらうことが先決です。動画を撮ってチェックしてもらうと、自分がおかしな動きをしていることに気づきます。ギャップが分かったところで、効率の良い走りとは何かを説明し、前傾姿勢で走ってもらっては動画でチェックし、ギャップを縮めていきます。ギャップは伸び代ですから、改善の幅も大きく、走りが劇的に変わる人もいます」
このタイプの中にもいろいろなクセをもつ人がいるので、体的な改善法は一概に言えないが、このタイプに共通しているのは、腰が落ちている分、跳ねる動きが小さいということだ。効率良く走るということは、筋力をなるべく使わず、重力を利用して跳ねることで前への推進力を得ることなのだが、腰が落ちてしまうとこの跳ね、バウンドが生まれない。地面からの反発をもらわずに走っているため、推進力も得られない。
タイプ❶のように、上に跳ねて前への推進力が小さくなっては困るが、跳ねなければ効率的に前へ進むことはできない。ひとつの改善法としては、その場跳びなど、ジャンプをして、地面からの反発を感じ、跳ねる動きから走りに移っていくといったやり方もある。
「このタイプの人で、前傾した走りをするのに、上体を適度に反らすことができず、身体が固まってしまう人がいました。そこで、まずその場跳びをしてもらい、跳ねることで地面の反発を受けるのを感じてもらい、その反発を前へ進む力にしていくといった指導をしたら、走りが改善されました」
◎「KONA Challenge supported by MAKES」オフィシャルHP
オフィシャルページでは、メンバーのトレーニング状況やピックアップコンテンツなどを随時更新しています。
【サポート施設】
AQUALAB
流水プールを使ってインストラクターによるフォームの分析、プルブイを使用して20分測定を行う。
※メンバーの孫崎が実際に測定している様子はこちらから。
SPORTS SCIENCE LAB
心肺能力(VO2MAX)、AT値、AT値でのフルマラソン適正ペース、ランニングフォーム評価、AT値での20分走タイムを測定。
R-body Project
ファンクショナル・ムーブメント・スクリーン(FMS)で体のコンディションを骨格のゆがみや関節の可動域などのポイントからチェックし、評価。
Endurelife
AT値で20分間バイクをこいだときの平均パワー/心拍数(PWR/HRT—AT値)、FTP(機能的作業閾値パワー/PWR/HRT—AT値20分の95%)、フォーム、ペダリングについてのチェック&アドバイス。