近年のアイアンマンではヒジから先を上向きに曲げる「ハイハンズ ポジション」がひとつのトレンドとなりつつある。これって何がメリットで、自分もマネしていいものなのか? 見た目だけでは分からないトレンドの真相をTKこと竹谷賢二さんが解説。「トライアスロンで のエアロポジション」の基本・根本と、そこから進化・変化して いるトレンドを自分にものにするためのヒントを教えてもらった。
指導=竹谷賢二
取材=光石達哉
写真=小野口健太
※Lumina#76に掲載したものをWEB用に編集して掲載。実践編「エアロポジションの作り方」は誌面に掲載しているのでそちらをチェック!
https://triathlon-lumina.com/lumina/vol/vol76.html
エアロポジションの 基本から考えよう。
ハイハンズを使いこなす トップ選手との条件の違い
バイクを高い速度域で効率良く走らせ、次のランに余力を残してつなげるためには、空気抵抗を可能な限り削減したエアロポジションを身に着けることが重要だ。しかし、最適なエアロポジションも時代とともに変化している。ここ数年のトップ選手のトレンドは、DHバーが前上がりになり、ヒジから先を上向きに曲げるハイハンズバーを使用したポジ ションだ。
竹谷賢二さん(TK)は、このハイハンズポジションは「空力」「快適性」の両方でメリットがあると説き、自らも取り入れている。そのメリットについては後ほど詳述するが、 ハイハンズバーを入手して自分のバイクに取り付けたからといって、すぐにその恩恵を受けられるわけはでない。
そもそも空気抵抗削減に注力しエアロハイハンズポジションを使いこなすトップ選手と、一般のエイジグルーパーとではいくつかの条件が大分違う」と、TKは指摘する。まずはフィジカルの違いだ。「高い走行スピードを出すためには、ペダリングのスキルとパワーが必要です。そのパワーを持続する持久力、 さらにエアロポジションで重要な柔軟性、姿勢を維持する筋力もトップ選手は、極めて高いレベルにあります」
加えて、トップ選手はバイクコントロールのスキルも高く、姿勢の低いエアロポジションでも巧みにバイクを操り、危機回避能力も高い。そして、レースを走る条件も違う。「アイアンマンを走るトップ選手は、オリンピックディスタンスのレースと違ってドラフティング禁止なので、前走者との間隔は15~20m空いていて、ある意味、安全は担保されている状態。目線が下向きでも前走者の後輪さえ見えていればいい。
一方、エイジグルーパーは団子状態で、常に周囲に気をつけなければいけない。抜きつ抜かれつが発生するから、注意して走っていないとブロッキングをとられかねません。だから、ある程度顔を上げて前方を視認しないといけない。このようにトップ選手と我々ではあらゆる条件が違うことを理解する必要があります」
ペダリング、快適性の後に エアロを追求
以上を踏まえた上で、一般トライアスリートがエアロポジションを身に着けるためには、①ペダリングのしやすさ、②持続可能な快適性、③空力(エアロダイナミクス)の順に考えていかなければいけないとTKは強く訴える。「何よりもペダリングのしやすいポジションであることが最優先です。特にミドル~ロングのトライアスロンでは、400W以上のハイパワーを出す必要はなく、長時間持続可能なパワーでペダリングができるポジションこそが必要です」
次に優先するのが、前傾姿勢を取り続けられる快適なポジションだ。「ここで言う快適性とは、安定して持続しやすいポジションであること。不快なポジションだったら、長時間その姿勢を続けられません。エアロの低い姿勢に耐えられず、ちょこちょこ身体を起こしていたら意味がないですから」
バイクのトレーニングでも、この順番通りに高めていくのが原則だ。「ペダリングの能力、快適なフォー ムを持続する能力を高めて、ようやくその次にエアロポジションを身に着ける練習に取り掛かります」
❶ペダリングのしやすさ
❷持続可能な快適性
❸空力(エアロダイナミクス)
人間の身体の空気抵抗は全体抵抗の7割強
エアロの優先順位は3番目だが、空力を改善していくことは、バイクを速く走らせるうえで決して無視できない要素だ。自転車を走らせるときには空気抵抗以外にも、重量、路面との摩擦抵抗、タイヤのたわみからくる転がり抵抗、チェーンや変速機など駆動部の摩擦抵抗など多くの抵抗がある。
「停止状態・低速からの加速では重量の抵抗が大きな割合を占めますが、15 ㎞/hぐらいから空気抵抗の比率が高まり、30 ㎞/hを超えると、全体の抵抗のうちの90%以上が空気抵抗と言われています。そのうち自転車が生む空気抵抗は2割で、残りの8割は人間の身体が起こしているのです」つまり、すべての抵抗のうち7割強は人間の身体が生み出す空気抵抗と言えるのだ。
いくら機材をエアロ仕様に替えても、エアロポジションをとれなければ効果は期待できない。それほど、エアロポジションは重要なのだ。それでは、エアロポジションをつくるにはどうすればいいか。基本的には、前面投影面積を減らすこと、整流効果を高めることのふたつの方法がある。前面投影面積とは正面から見た際のシルエットの面積で、これが小さくなればなるほど正面から当たる風の量が小さくなる。
バイクの場合、正面から見てフォークやフレームが薄くなっているのも、前面投影面積を小さくするためだ。 整流効果を高めるとは、空気を前から後ろへスムーズに流すことだ。物体の後ろに気圧が低い空間ができると後ろに引っ張る力、いわゆるドラッグが発生する。それを小さくするためには、物体の後ろに空気を送り込む必要がある。後ろが細く尖った翼断面形状のフレーム、ホイールのディープリムなどはすべて整流効果を高める目的のものだ。最近はシートポストの後ろにツールボックスやハイドレーションボックスを整流板代わりに設置し、整流効果を高めているバイクも増えてきている。
TKの最新エアロポジション
ハイハンズバー
ハイハンズバーを握ったポジション。前面 投影面積はフラットバーと大きく変わらないが、腕と頭が近くなることで気流の巻き込みが少なくなり、整流効果が高まる。
アームレストの位置
ヒジを置くアームレストの位置は、前面投影面積と快適性の両方で重要だ。両ヒジの間隔が狭いほど前面投影面積は小さくなるが、バランスがとりづらく乗りにくい。また、アームレストにヒジを押し付けて固定しようとすると力んだフォームにもなる。TKは両ヒジを閉じた状態から外側に広がる筋伳の自然な力を利用して、ヒジを固定できるようにアームレストの位置を調整。力みのない楽な姿勢になるという。
握りも快適に進化
TKが以前使っていたハイハンズバーは先端のグリップ部分がやや下に曲がっているSベンドタイプで、「グリップには小指しか引っかかってなかった」。現在のスーパーハイハンズバーはグリップ部分が真っすぐで、5本指でしっかり持てて安定性が高い。
アームレストのヒジの置き方
手のひらを上に向けワキの下とヒジを閉じやすくして、ヒジの骨が安定するようにアームレストに乗せる。次に手のひらを下に返すようにしてエアロバー先端を包み込む、あるいは引っ掛けるようにして、さらにヒジを安定させる。力んで握り込まないように注意。両手をくっつけるようにするとさらに効果的だ。
頭の位置
頭を上げた状態は、当然ながら前面投影面積が大きくなる。肩甲骨を狭めて、頭を低くし、その後ろに背骨がくるようにすることで高さ、幅ともに小さくできる。TKは「頭の位置だけでパワーは10~20W違う」と語る。
フラットバー
数年前まで主流だったフラットタイプのDHバーに両腕を置くポジション(写真は2016年本誌連載より)。腕の位置は低くなるが、かなり頭を下げないと腕との間に大きな空間ができる。そこに空気を巻き込んで気流の乱れを起こし、空気抵抗を増す。
整流効果を高める ハイハンズバー
さて、ここまでの前提を踏まえ、いよいよ「ハイハンズ・ポジション」の話になる。空気抵抗の大きな要因である人間の身体も、エアロ効果の高い形状に調整していかなくてはいけない。まずは前面投影面積を小さくする。 そのためには高さ、幅を抑えるのが効果的だ。
「高さについては、頭を低くします。ハンドルを下げれば腕の位置は下がりますが、同時に頭の位置が下がらないとダメ。肩から腰までの胴体の姿勢を下げるのも大事。前方視認のためにはある程度、頭を上げなければいけませんが、頭の位置はなるべく胴体の前面投影面積の中に収めましょう。幅に関しては、腰幅は変えられないので、肩幅、ヒジ幅を狭くしていきます」
次に整流効果だが、ここにハイハンズバーのメリットがある。空気をスムーズに前から後ろに流すためには、できるだけ隙間をなくし、滑らかな形状となるのが好ましい。隙間があるとそこに空気を巻き込み、気流の乱れが生じる。 従来のフラットタイプのDHバーだとかなり低く頭を下げないと、腕との間に大きな空間ができやすく、そこに空気を巻き込んでいた。TKもフラットタイプのものを使っていたときは、頭が高く腕との間の隙間が大きかった。
「一方、ハイハンズにすると頭と腕の間の隙間が狭まり、気流の乱れが小さくなる。DHバーの間にボトルやサイクルコンピューターを設置して空間を埋めるのも効果があります。風洞実験など空力の解析の結果、こういう形が効果があることが分かってきました」
またハイハンズバーは、快適性においてもメリットがあるとTKは説く。「フラットバーのときは腕を前や下に押し出すように力が入り、上半身が緊張していました。ハイハンズにすることで肩や腕の緊張が抜けるので、長時間同じ姿勢を続けるバイクでの効果は大きいです」 TKは機材の進化とハイハンズポジ ションの両方の効果で、KONAでのバイクパートは、タイムこそ約4時間50分前後と変わらないものの、平均パワーは2、3年前の約230Wから約 180Wと大きく下げることができたという。
「これは大きな差です。パワーを上げる練習には多くの人が取り組んでいますが、エアロポジションを身に着けることは使うパワーを減らすための練習とも言え、得られるメリットも小さくありません」
>>>実践編「エアロポジションの作り方」は現在発売中のLumina#76(2020年4月号)に掲載しているのでそちらをチェック!
◎「KONA Challenge supported by MAKES」オフィシャルHP
オフィシャルページでは、メンバーのトレーニング状況やピックアップコンテンツなどを随時更新しています。
【サポート施設】
AQUALAB
流水プールを使ってインストラクターによるフォームの分析、プルブイを使用して20分測定を行う。
※メンバーの孫崎が実際に測定している様子はこちらから。
SPORTS SCIENCE LAB
心肺能力(VO2MAX)、AT値、AT値でのフルマラソン適正ペース、ランニングフォーム評価、AT値での20分走タイムを測定。
R-body Project
ファンクショナル・ムーブメント・スクリーン(FMS)で体のコンディションを骨格のゆがみや関節の可動域などのポイントからチェックし、評価。
Endurelife
AT値で20分間バイクをこいだときの平均パワー/心拍数(PWR/HRT—AT値)、FTP(機能的作業閾値パワー/PWR/HRT—AT値20分の95%)、フォーム、ペダリングについてのチェック&アドバイス。