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interview 戸原開人「独立」>>フリーのプロとして新たなステージへ。

投稿日:2018年4月13日 更新日:


ルミナ編集部

text by:

©PEARL IZUMI

コナは、すべてを賭ける価値のあるレース。

今年から湘南ベルマーレを離れ、フリーランスのプロトライアスリートになった戸原開人。自らスポンサーを獲得し、拠点を茨城に移して練習環境を整え、新たなステージに挑もうとしている。昨年のバイク落車による骨折後、コナ(アイアンマン世界選手権)出場を強行した真意、今年から活動スタイルと環境を一新した狙い、宮古島大会やアイアンマンなど今期の活動予定、プロとしての長期戦略などについて話を訊いた。

写真/小野口健太 取材/原 修二

コナを完走して見えたもの

--去年は夏に二度の落車事故で鎖骨を骨折し、まともなレースはできない状態でコナに出場しましたが、ケガの状態はその後どうですか?

戸原 二度目に折った右鎖骨はまだボルトが入っていますし、腕を回すとまだ違和感がありますが、パフォーマンスに影響がないところまで回復しています。これからボルトを抜いて、春には良い状態でシーズンを迎えたいですね。

--コナではどんなことを考えました?

戸原 レース直前になってもまだ痛みはあったし、出場しても結果は出せないことはわかっていました。ハワイに入った時点でも、「とりあえず腕が回って泳げれば完走くらいはできるだろう、せっかく出場権をとったんだから完走だけでもしよう、具合が悪ければやめてもいい」と考えていました。自分が戦闘モードじゃないので、コナの雰囲気も最初はそんなに感動しなかったですね。「自分はいったい何しに来たんだろう?」といった気持ちでしたね。

2017年コナのヘッドクォーターホテル、ロビーに掲げられたプロアスリートのためのサインボード。世界の強豪ひしめく59人の中に戸原の名が刻まれた

--完走して、何か変わりましたか?

戸原 やっぱりコナはすごい場所だと思いました。ケガの痛みだけでなく、練習できなかった分コンディションも落ちていましたから、レース中はずっとつらくて、バイクで何度も止まったし、ランもトボトボ前に進む感じでした。それでもゴール後は、「しっかりレースができて、最後のフィニッシュラインまでの花道を 良い順位で駆け抜けることができたら最高だろう」と心底思いました。

--次のチャレンジに向けて、得るものも多かった?

戸原 現地の雰囲気とかコースとか、現地に行って、出場し、完走してわかったことがたくさんありました。トップ選手の気迫も、予選とはまるで違うんです。今回自分はコナで勝負するプロとしての緊張感は味わえませんでしたが、すべてを賭けるだけの価値がある大会だと感じました。プロ選手としてスポンサーを獲得するにも、コナを完走したことがあるのとないのでは大きく違いますしね。

--次のハワイはプロとして結果が求められますね。

戸原 レースで結果を出すことでプロとしての自分の価値を上げていくことが必要です。去年のコナでは一昨年のアイアンマン・マレーシアで2位だったティアゴ・ヴィナル選手が13位に入りました。10位とは5分差です。僕はマレーシアで彼と約3分差の3位でした。世界のプロ選手たちと戦うことは可能だと感じました。今、世界のトップ選手の実力はかなり接近していて、コナに出ているトップ選手の8割くらいはトップ10に入る可能性があるんです。プロとしてコナに出るからには僕も20位以内ではなくトップ10をめざしたいですね。

2度の鎖骨骨折の後、あえて出場した2017年のコナ。そこでしか体感できない風景があった

10年を区切りとして下した独立という決断

--湘南ベルマーレを離れて独立するという決断をしたのはいつですか?

戸原 一昨年、2016年の11月、アイアンマン・マレーシアでコナ出場のめどが立った頃ですね。翌年の2017年は、2008年にトライアスロンを始めてからちょうど10年。大学時代からずっと目標にしてきたコナにやっと出られるようになった。この先はひとりになって100%自分の考え方、やり方で挑戦したいと思ったんです。チームには去年の4月に伝えました。

--住まいも練習場所もこれまでの神奈川から茨城に移すと聞きましたが、茨城を選んだ理由は?

戸原 松丸真幸さんにお世話いただいたというのが大きいですね。スポンサーの企業を紹介していただいたり、2019年の茨城国体をめざしてトライアスロンの強化に取り組んでいる茨城県の契約選手として活動させていただくことになったり、松丸さんが勤務されている新日鐵住友金属鹿島製鉄所のプールを使わせていただけるようになったりと、色々な面でお世話になっています。茨城には松丸さん、田村嘉規さんというロングのレジェンドをはじめ、強豪アスリートがたくさんいます。

バイクの練習コースはまだ利根川くらいしか知りませんが、地図などで見ると走りやすいコースがたくさんとれそうです。スイムもこれまではチームの練習会以外は市民プールで泳いでいましたが、茨城では選手の育成もしているスイミングスクールで泳げることになり、そこでコーチの指導を受けようと考えています。

--松丸さんとは宮古島つながりですか?

戸原 そうです。宮古島で声をかけてもらい、それから色々なアドバイスをいただいてきました。ロングのトップ選手として尊敬する先輩から認められたということがとてもうれしいですね。他にもサポートしてくれる人たちと次々出会うことができたことが、スポンサーの獲得や練習環境を整えることにつながっています。プロとしてひとりでやっていくというのは、多くの方々に支えられて初めて可能なんだと痛感しました。

自分ですべて考え、作っていくトレーニング

--プロ選手が所属チームから独立する場合、海外に拠点を移すケースも多いですが、それは考えなかった?

戸原 海外のチーム、コーチも検討してみましたが、落ち着いてトレーニングできるのが一番だし、今まで海外で暮らした経験もないので、まずは国内に拠点を置いて、海外には合宿で行く程度でいいかなと思います。この冬は山本良介選手(※北京オリンピック日本代表の現役プロ選手)に声をかけていただいて、プーケットの合宿に2週間参加してきました。

物価も安いですし、ハイレベルな選手と練習できるというメリットもありますが、しばらくは国内を拠点として海外合宿を効果的に活用するというスタイルでいくつもりです。プーケットでは山本さんからプロとしてやってきくための考え方など色々アドバイスをいただきました。

--トップ選手にはプロコーチの指導を受ける人が多いですが、コーチをつけずにまったくひとりでトレーニングしていこうと考えたのはなぜですか?

戸原 コーチの指導を受けることも考えなかったわけではありませんが、今まで自分の考えでやって結果を出してきましたし、結果が出なかったときの理由もわかっていますから、まずはこのまま自分の考え方でやってみようと思うんです。今コーチをつけても、「その指導が自分の経験値や考え方に勝っているのか?」という疑問が湧くでしょう。それなら自分で戦略を立て、自分なりに研究しながらトレーニングを組み立てていったほうがいい。

自分で考え、トレーニングを作っていくプロセスはそれ自体楽しいですし、大きな意味で自分のスキル、ノウハウの向上につながると思います。それで自分の伸びが止まったら、そのときにコーチの指導を考えるかもしれませんが。

--今のプロコーチの指導は、基本からすべて指導を受ける密着型ではなく、どのコーチにどの部分を依頼するというパーツ組み立て型が多いですよね?

戸原 特に海外のコーチはどの部分を指導したらいくら+賞金の何%など、指導内容と報酬がはっきりしていて、決して料金も安くない。それでもコーチを使う選手が多いのは効果があるからなんでしょうが、自分の性格として、コーチングを受けるとしても、通信教育ではなく直接指導してもらいたいと考えるでしょうね。

スケジュールの組み立てにも新しいチャレンジが

--今シーズンはフリーのプロとして、どんな戦略で臨みますか?

戸原 (現時点で予選レースに出られていない現状を考えると)今年のコナの出場権を取るのは現実的には無理ですから、最大の目標は来年(2019年)のコナです。その予選レースが今年の秋から始まるので、そこに出場してポイント獲得をめざします。

--レースのスケジュールとしては4月の宮古島からですか?

戸原 トライアスロンは宮古島からですね。国内で最も人気がある大会で、スポンサーも注目していますから、プロとしてまずここで勝つことが最初のミッションです。さらに、今年は茨城県チームの一員として10月の福井国体に出場するので、5月に潮来トライアスロンに出場し、上位に入って出場権を取る必要があります。

--ショート(スタンダードディスタンス)も出るわけですね?

戸原 そうです。エリートのショートはドラフティングレースですから、スイムの力とバイクで集団走行のテクニックや判断力など、色々な面を強化していく必要がありますが、これも今の自分に欠けている部分を強化できる手段として考えています。特にスイムは世界のトップと戦う上で、自分の大きな弱点なので、ショートに取り組むことでこれを改善していきたいですね。

--宮古島の後のロングは?

戸原 7月のITUロングディスタンス世界選手権に出る予定です。日の丸をつけて日本の代表として世界で戦うというのは、アイアンマンとはまた違う意味で価値がありますし、スポンサーにも貢献できると思います。コナに出ている選手も何人か出てくるでしょうから、彼らとレースができる機会としても意味があります。

世界選手権に出るには6月の五島長崎国際トライアスロン(バラモンキング)で出場資格を取る必要があるので、6月・7月はこのロング2レースがスケジュールの軸になる予定です。あとは9月初めのロング日本選手権(佐渡)も検討しています。

--色々なタイプのレースに出て、プロとして結果を出していくのは大変ですね。

戸原 サポートしていただいている企業や自治体のために結果を出し、ミッションをクリアしていくのはプロとして当たり前のこと。自分でトレーニングを組み立て、色々なミッションをクリアしつつ、最大の目標であるコナで戦うために、あらゆる面で自分を強化していくという新しいチャレンジを楽しみたいと思います。

プロとして幸せな人生を送るための長期計画

--プロトライアスリートとしてのこれから、人生設計も含めてどんなふうに描いていますか?

戸原 今29歳ですから、プロアスリートとして30代半ばまで、5年以上トップで競技ができると考えています。トライアスロンを始めたのは大学に入ってからですし、中学高校やっていたテニスもあまり高いレベルで取り組んでいなかったので、身体のベースはまだまだフレッシュです。やりかた次第ではまだ伸びると思いますし、どうやれば伸びるかもわかっています。

これから自分の思い通りのトレーニングをして、新しい発見を重ねながらさらにノウハウを蓄積し、選手として成長し、プロとして結果を出し、「競技を続けてよかった、幸せだった」と思える人生にしたいですね。

--フリーになってスポンサーを獲得し、トレーニングの環境を変えたのも、そのための基盤づくりということですね。

戸原 そうです。不安を抱えながらでは、トレーニングにもレースにも集中できませんからね。しっかり競技を続けられるのは、経済的基盤や生活・トレーニング環境があってこそです。

--選手生活の先のことは考えていますか?

戸原 まだ何をするかまでは考えていませんが、選手として活動しながらそのあたりも準備をしていきたいと思っています。プロコーチやスポーツグッズの販売、開発など色々な道があると思いますが、海外にはトップ選手として活動しながらビジネスを立ち上る人など、参考になる選手がたくさんいます。僕も競技者としてだけでなく、スポンサーや色々な人たちと出会いを通じて、色々なことを学びながら、活動の可能性を広げていきたいと考えています。

★このインタビューはTriathlon Lumina #68 4月号掲載記事を基に再構成しています。


■プロフィール

戸原開人 
中学・高校時代はテニス部。順天堂大学でも最初テニス部に所属したが、ひとりでトレーニングできるスポーツがしたいと模索していた時期に、雑誌でアイアンマン・ハワイ(コナ)を知り、ロングディスタンスの頂点をめざしてトライアスリートになることを決意した。トライアスロン競技部でショートに専念してベースを築き、卒業後は湘南ベルマーレトライアスロンチームに所属して、ロングに挑戦。2015・16年全日本トライアスロン宮古島大会を連覇。2016年からコナをめざしてアイアンマンシリーズに参戦し、2017年に初出場を果たした。1989年、神奈川県横浜市生まれ。

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