COLUMN

【「自己コントロール」のための「セルフトーク」の重要性】関根明子コラム#020

投稿日:2024年8月6日 更新日:


ルミナ編集部

text by:

2024年パリオリンピック  ©World Triathlon

2024年パリオリンピック  ©World Triathlon

関根明子の徒然なるままに#020

前回のコラム>>【スキルや想いを紡いでいくこと】

本物の努力に触れて変わった“長男”の気持ち

パリオリンピックが開幕し、日々テレビからは日本人選手の活躍が報じられています。朝の起き抜けにメダル獲得のニュースを見ると、この暑さから来る疲労を爽快に吹き飛ばしてくれるような、とても明るく前向きな気持ちになります。

今年高校受験を控えた我が家の長男ですが、なかなか目標をもつことができず、日々時間だけが過ぎていたのですが、先日、パリオリンピックの予選を控えた女性アスリートの密着ドキュメントを家族で見たときに「これが努力しているということ。努力している人の姿だよ」と話したところ、少しずつ日常生活に変化が見られるようになりました。

何を言っても「わかってる! 俺は頑張っている!」と言い返してきていたのですが、ようやく自分の努力はまだ努力ではなかったと分かったようです。百聞は一見にしかず。

優勝候補だった柔道女子52㎏級の選手が2回戦敗退後にその場で号泣し動けなかったことについて、賛否両論があります。

礼を重んじるスポーツとして感情をコントロールし、形式を守ることが求められる場面でそれを守れなかったという側面から見れば、それは批判の対象になるかもしれません。

でも種目が違っていたらこのように大きく取り上げられることもなかったかもしれませんね。

2024年パリオリンピック  ©World Triathlon

2024年パリオリンピック  ©World Triathlon

勝負を左右する「自己コントロール力」

ここで自己コントロールについて少し書かせていただきたいと思います。

競技力向上もしくはベストパフォーマンスを発揮するために、肉体を鍛える以外に何が一番必要か? と聞かれたら、私は「自己をコントロールする力だ」と答えます。レース中は特にどのような状況でもなるベく気持ちをフラットにニュートラルに保てるように努力しなければなりません。

スイムのときに隣の選手とぶつかっては動揺し、バイクのとき集団内に余裕がありそうなのに先頭を引かない選手に対していちいち腹を立てていては、自分で自分の感情に振り回されて冷静な判断ができず、自滅してしまうからです。

2006 Doha ITU Triathlon World Cup

2006 Doha ITU Triathlon World Cup ©Spomedis/ITU ドーハでのレースイメージ(関根さんが出場したレースではありません)

まさしくアジア競技大会ドーハのときの私がそのような状態でレースをしてしまい、未だにその部分だけは悔いの残るレースの記憶として残っています。

自己をコントロールする必要性の例えとして、一番分かりやすいのは緊張のコントロールではないでしょうか。オリンピックのような大舞台を経験した選手だって、期待のかかる失敗の許されないようなレースでは、何度同じような状況を経験してもほとんどの選手がその都度緊張すると思います。

毎回通過儀礼のようにその緊張とプレッシャーを自分の中でうまく処理をして、常にベストパフォーマンスが出せる状態に自分をもっていく技術が重要になってきます。

2006 Doha ITU Triathlon World Cup

2006 Doha ITU Triathlon World Cup ©Spomedis/ITU ドーハでのレースイメージ(関根さんが出場したレースではありません)

自分を俯瞰するセルフトーキング

その具体的な方法として、現役時代はよくセルフトーキングを行っていました。他には調子の良かったときと同じ行動をしたり、同じものを食べたり、ラッキーカラーを身につけるなどもしていました。いわゆる自己暗示です。

いろいろ試行錯誤した中で、私が特にオススメしたいのはセルフトーキングです。

レース前などマイナスなことは考えたくないと思ってはいても、勝手に頭の中にいろいろな感情が浮んできて、無意識に身体に力が入り筋肉が硬くなってしまうときがあります。

そんなときはただその感情と緊張に飲まれて自分を見失うのではなく、少し高いところから自分が自分を見下ろしている、俯瞰しているイメージをもって自分に話しかけます。自分が自分のコーチだったらなんと声をかけるかを想像します。

2006 Doha ITU Triathlon World Cup

2006 Doha ITU Triathlon World Cup ©Spomedis/ITU ドーハでのレースイメージ(関根さんが出場したレースではありません)

私の例でいうと「明子! 大丈夫、大丈夫。絶対大丈夫。全力を出し切って負けたのならしょうがない。また練習を頑張るだけ。とにかくベストを尽くそう!」とか、「今日までベストは尽くしてきた。100%の体調ではないけれど今日の100%を出すしかない。もうこれはしょうがない。ただ全力でやるだけだ!」などを自分によく言い聞かせていました。

またあるときは「何が不安なの?」と徹底的に自己対話しました。緊張している原因を明らかにし、必ず開き直るところまでメンタルの状態をもっていきます。

自分の中の不安に蓋をして見ないままにしておくと、どんどんモンスターのように不安が大きくなってしまい、コントロールできなくなってしまうときがあります。

正体の分からないものには対処の方法が分からないのです。不安の正体を明らかにしてしまえばそれは怖くなくなる、または軽減されます。誰かに話してしまうのも良いと思います。

現役時代はあまり自分の悩みやレース前にマイナスに捉えられるような発言はなるべくしないように心がけていました。口に出してしまうと自分が崩れてしまうのではないかという怖さがありましたし、ある程度のレベルになっているのに、こんな悩みや不安を言うと、言われた周りの人はどう答えたら良いのか、困ってしまうのではないかと思っていたからです。今はもう少し心を開いて信頼できる人に聞いてもらえば良かったと思います。

そうしていたら……もしかしたら……もう少し成績が良かったかもしれません(笑)。

2006 Doha ITU Triathlon World Cup

2006 Doha ITU Triathlon World Cup ©Spomedis/ITU ドーハでのレースイメージ(関根さんが出場したレースではありません)

これらの方法はとても効果的でした。この方法を応用してプレッシャーに対する対処もできましたし、他にもトレーニングやレースに対するモチベーションが下がっているときや、理想と現実にギャップが生まれ、それにうまく対応できないときなどにも大変有効でした。

時に自分を讃え、時に自分を鼓舞させる。上手に自己をコントロール(セルフコーチング)して最高のパフォーマンスを発揮する状態にするためには、自分に一番合う言葉ややり方を見つけることが大切だと思います。

現役時代に自然にやっていたこれらの技術は、後にメンタルトレーニングの分野で使われている技術だと知りました。引退してからもう10年以上経ちましたが、日常の生活の中で未だに選手時代に培ってきたこのセルフコントロールの技術が役に立っています。

2006 Doha ITU Triathlon World Cup

2006 Doha ITU Triathlon World Cup ©Spomedis/ITU ドーハでのレースイメージ(関根さんが出場したレースではありません)

スポーツをやっていた人が(またはやっている人が)社会、または一般企業の採用で重宝される理由はさまざまあると思いますが、その理由のひとつはこの自己コントロールの技術(能力)なんだなと、引退してから実感しています。

これは本当に素晴らしいスポーツの側面だと思いますし、トライアスロンという究極に自己と向かい合うスポーツに取り組めたからこその、この素晴らしい宝物に感謝しています。

2006 Doha ITU Triathlon World Cup

2006 Doha ITU Triathlon World Cup ©Spomedis/ITU ドーハでのレースイメージ(関根さんが出場したレースではありません)

徹底的な自己対話がもたらした奇跡の銅メダル

さてようやくここから前回の続きを……アジア大会の振り返りに入らせていただきます。

肝心のレースはどうだったのか? 前回書かせていただいたとおり想定外の出来事に動揺して気持ちを整えることのできないままスイムのスタートラインに立ちました。

結果は3位でした。

スイムでスタート直後から隣からスタートした選手と互いが真っすぐ泳げないほど接近しバトルになりました。普通に考えれば、冷静さを失っているその選手から一刻も早く離れて迂回したり、相手を乗り越えて自分の進路を確保するなど選択肢はいくらでもあったはずなのに、私も同じく冷静さを失っており、先頭からどんどん遅れてしまいました。

スイムをそのままメイン集団から30秒近く遅れてフィニッシュし、バイクで単独走になりました。5、6人の集団を形成していましたが、走力の差が大きくローテーションができなかったのです。

無理に先頭交代を促そうとしたり、集団の力に頼ろうとすると先頭との差がますます開くと思いました。

2006 Doha ITU Triathlon World Cup

2006 Doha ITU Triathlon World Cup ©Spomedis/ITU ドーハでのレースイメージ(関根さんが出場したレースではありません)

ランに入る時点でかなり遅れてしまい、さすがにもうメダルは無理だろうと諦めそうになったのですが、「ここまで来て中途半端なレースをすることはできない、一生悔いが残る」と思い、前半からペース配分なしの全力で走りました。

葛藤しながら走り続けた結果、ラン9㎞地点手前で3位に上がり、私にとって奇跡の銅メダルとなりました。

表彰台に上がって日の丸が空に揚がるのを見たとき、いつもとは違う感情に気が付きました。もしトライアスロンの神様がいたとしたら「よくここまで諦めずに来ましたね」と言われているような気持ちになりました。

金メダルは獲れなかったかもしれないけれど、このときの銅メダルは私にとっては奇跡であり、ただ満足しかありませんでした。

次号へ続く

※1カ月に1回程度不定期更新

【コラムを最初から読む】
>>#001 オリンピアン関根明子さん、コラム始めます!~徒然なるままに~
>>#002【水泳から陸上へ――高校受験が転機に】
>>#003【トライアスロンとの運命的な出会いのきっかけとなった人】
>>#004【本格的にトライアスロンの道へ】
>>#005【シドニーオリンピックをどうやって決めたのか】
>>#006【先輩の背中を見て真っすぐ強くなった私】
>>#007【期間限定のはずが にしきのあきらさん の言葉に勢いで……!?】
>>#008【アテネに向けて再出発 カナダにトレーニング留学】
>>#009【理想の選手とコーチの関係性とは】
>>#010【アイアンマンに挑戦したのは、 自分の殻を打ち破るため】
>>#011【アテネオリンピック前に三宅義信さんから学んだ勝負哲学】
>>#012【あとを追いかけるばかりでは追いつけても追い越せない】
>>#013【アテネを経て改めて想う選手と指導者の距離感】
>>#014【年末にオススメ 思い出の棚卸】
>> #015【シーズン初戦に向けて プロでも気を付けるべき暑熱順化
>>#016【2006年アジア選手権で奇跡的な銅メダルの裏側】
>>#017【2006年世界選手権 諦めず最後まで走り切った結果…】
>>#018【アジア選手権に思うこと】
>>#019【スキルや想いを紡いでいくこと】

関根明子 Akiko Sekine
九州国際大学附属高等学校女子部陸上競技部。ダイハツ工業株式会社 陸上部に所属。1998年トライアスロンへ転向し、10年間プロトライアスリートとして活動。2008年に引退後、現在は3人の子育てをしながら、トライアスロンやランニングのコーチとして活動中。1975年生まれ、福岡県北九州市出身。
《主な成績》
1998年 ソウル国際女子駅伝 日本代表、横浜国際女子駅伝 近畿代表
2000年 シドニーオリンピック トライアスロン日本代表
2004年 アテネオリンピック トライアスロン 日本代表
2006年 アジア競技大会 (ドーハ) 銅メダル

-COLUMN

0 interest


コメント

メールアドレスが公開されることはありません。


スパム対策のため、 日本語が含まれない欧文のみのコメントは投稿できません。


関連記事

【記事】サイドバー上

記事用jQuery

cloud flash記事バナー

アイアンマンの世界に挑むアスリートたちを支えたVAAM
トライアスロン初挑戦や初心者の質問・心配ごとにLuminaスタッフが答えます!